小さな出版社で勝負したい
【伝説のPR職人】のハスカです。
2冊目の本を書きたくてウズウズしています。
どうやら私が書きたいテーマと出版社の売りたいテーマとはズレがあるらしく、これまでたくさんの出版社に持ち込んでも「全部パス」されてしまう有様。
悔しいったらありはしません。私は基本的に今の編集者は「能力不足」だと思っています。
著者発掘とテーマ開発こそ、編集者の醍醐味だと思っているのですが、もはやそういう気概などみじんもないようです。
ひと言で言うと、サラリーマン化してしまっている。新聞記者でいうと「スクープ」をとりたい人がいないのと同じ。スクープ記事やヒット本こそ、最大の仕事の喜びではなかったのでしょうか。
紀伊国屋でどれだけ売れたかのデータベースに頼り切ってしまって、斬新な切り口の本の少ないこと。
やれ「マーケ」本は売れなくなったの、「啓発」本だってもうブーム終焉だとか、たいして根拠のないことを平気で当たり前のように言い合っている。
だからダメなんだ。著者を発掘せよ。優秀な人はいっぱいいる。あなたが見る目がないだけだ。名もない埋もれた人の新しい提案や主張を本にせよ。それが社会に果たすべき出版文化というもの。
そして、現在の編集者の総入れ替えをせよ。ベテラン編集者は1人でいい。新人こそ斬新なアイディアが生まれる。もはやサラリーマン編集者は不要。
さて、私の2弾本書名案ですが、
「伝説のPR職人が教える ソーシャル発想の技術-アイディアファーストで不況をぶっ飛ばせ-」(仮称)
がおもしろいのでは、と考え方が変わってきました。
ソーシャル発想は、お金だけを儲ける、利益中心の考え方から、社会還元、社会貢献のように、「社会」を意識した考え方にシフトする思想全般を指します。
その根本は、「社会の認容なくして企業の存在なし」という考え方に基づきます。
実はこれ、欧米では主流であります。知らないのは日本の編集者だけといっても過言ではない。
ソーシャルマーケティングやソーシャルマネジメントという本は数多くあるのに、ソーシャル発想というと意味不明だという。
ソーシャルなんて概念的で何のこっちゃ、と。多くの編集者はこのソーシャルという言葉でつまづく。これなど常識欠如、編集者失格といってもいいでしょう。
こんな編集者を相手にしていては日本文化は100年後退するという心境です。
売らんかな主義のマーケティングを捨て、社会に役立ち公(全体)のためになることだけを考えて文章を書きき綴る、これ1点の精神で心魂を注ぐ。
自社の商品やサービスを知らせるために本を書くべからず。「私はこうして年商○○になった」などの本はくだらなさ過ぎる。売名行為以外の何物でもない。
暮らしや仕事、人生などすべて「社会に役立つ」内容ならば誰だって買うに決まっています。
私は心に決めた。2弾本を出すなら小さな出版社にしようと。たった一人の編集者・経営者が共感を示して出版してくれれば販売は私1人が一手に引き受けましょう。
いざとなったら、リヤカーで「のぼり」をもって全国行脚する覚悟でいます。何てったって自分の本。初版5000や7000部が難しいといって嘆いているようでは本を書きたいと言わない方がいいですね。
--------はすか式ソーシャル発想とは----------
[1]
企業は自社を取り巻く問題のみならず、広く社会の課題に気づき、自発的にその課題に取り組み、もてるリソース(資産)やノウハウを結集して、その社会問題解決を認識し、発想し、計画し、実行に移さなければならない。
以上のことを企画立案するための基本的発想法をソーシャル発想と呼んでいます。
[2]
ソーシャル発想をベースにした「はすか式PR」は「販売促進」「集客プラン」ではありません。販促・集客などの量的拡大に関するコミニューケーシ ョン活動は「広告」と呼ばれ、信頼・信用・評判・好意などの質的拡大を目指すのが「広報」であります。広告と広報とは全く違います。はすか式PRは基本的に「広報」の領域であり、とりわけ、マスコミ報道を前提にしたパブリシテイ活動(報道PR)をメインにご提案させていただくものです。
[3]
私の発想の源流は「社会の認容なくして企業の存在はなし」という考えに基づきます。別の言葉でいえば、「社会との対話」が根本。どうすれば社会と仲良くなれるのか。本PRアイデイア案はその方向性を示唆するもので、 「社会」を意識しないPRなんてナンセンス。マスコミ報道されることは社会的評価を受けた証拠。社会から信頼されればおのずと「商売」「事業」も 評価され、数字は後からついてくるという考え方。まずは社会からの信頼獲得。
--------はすか式ソーシャル発想とは----------
PS、ひさびさにはすか節で吠えました。吠えても噛み
つきはしませんのでご安心を。