( ちい~やん。 また来たで~。)
中国の人の名前を呼ぶアクセントで、いつも私をそう呼んだ。
白髪の宮本画伯。
父の大親友で、
何か知らんが、常に、家に遊びに来ていました。
白髪で、細っちい。
絶対に、この人は、河童に違いない。
子供心に、そう思っていました。
白髪の河童画伯は、とても愉快なお人柄で、
いつも、離れに父と籠っては、
やはは、ウハハと何か分からんが良く笑い話をしてた。
大人の世界の事は、よう分からん。
よほど、人間の世界が楽しいんだろ。
良く笑う河童さんだな。
小学校の高学年頃まで、
ひょっこり家に来ては、
夕食一緒に食べたり、
丁度おやつの時間頃、
不意に来て、文明堂のカステラとか、
六方焼きとか、鳩さぶれとか、
渋い玉露と共に、
一緒に楽しく食べたりしていました。
中学校の夏、
課題の絵で、
私は、
近くの川辺の風景を描いていました。
そしたら、いつもの通り、アポなしの河童さんが来ました。
私の描いている絵を観て、
( ち~やん。 もっと、よ~~く景色を見らなあかんで~。 )
。。。え。 見てるよ。 一生けん命、見て、描いてるもん!
( もっと、もっと、汗が出るほど、見らなあかん。 そしたら、もっと、絵は深くなる。。。 )
。。。う~ん。 分かりましたよ。 もっと、見るから!
こうるさい河童め。
内心、メラメラだったけれども、
夏の炎天下。
くらくらするほどになるまで、景色を眺めた。
家に戻ってからも、
思い出しながら、描いた。
水彩画は、
次第に、油絵のようになっていった。
川辺に停泊した船。
歳月は流れても、
今も、同じアングルには、
私の大好きな、松の木が、川面にさしかかるように、1本だけ、ある。
水門の処には、
微妙な色合いの水が輪を作り、
今でも、芦の茂みの奥の方から、
河童が出てくるような気配すらある。
宮本のおっちゃんの言う通り、
ずっと、ずっと、真剣に景色を眺めていると、
私の中で、色んな発見があった。
毎日、夢中で、川辺の景色を描き続けた。
そうして、ついに、絵は完成した。
その絵は、自分の中で一番好きな絵になった。
そして、何か賞らしきものも貰った。
それから歳月は流れ、
私は、仕事中心の、心の余裕なんてこれっぽっちも無い日々を送っていた。
ふとある日、つけていたテレビを観た。
真冬の日。
それは、寒中水泳のニュースだった。
おお。
このくそ寒いのに、
わざわざ、唇真っ青にして、
心臓ばくばくさせて、
それでも、海で泳ぐ人の気が知れんわっつ!
。。。ちろ。 と見た。
若い人が大半の、地元の寒中水泳大会。
大勢の中。
白髪の河童がいた。
きゃっつ☆
み、宮本の爺さんだっつ!!!
お母さん! 大変!
宮本先生、寒中水泳してるでっつ!!!
本当にびっくりした。
もう、随分と、お歳なのに。
白髪の河童画伯は、
真冬の海を、泳いでいた。
。。。
それから、数年間。
寒中水泳のニュースの度に、
河童画伯の雄姿を眺め、
おお。 今年もご健在やな。 良かった。
一度、美味しい和菓子でも持っていこうかな。
おお。 今年も、随分と寒いのに、爺様、かくしゃくと泳いでいるな。
偉いな~。
やはり、甘い物よりも、日本酒でも持って行こうかな。
や。 今年も、ちゃんと泳いでる。 すごい生命力。
会って話したいなぁ。
。。。。とか、思ったりしつつ、日々の忙しさに溺れ、
歳月を重ねていた私でした。
思えば、
英語塾。
どうしても高校生しか受け付けませんっていう、
頑固な塾があり、
中学生になったばかりの頃、
そこへどうしても、通わせてやって欲しい。。。と父に頼まれたらしく、
宮本のおじさんは、
私と一緒に、その塾の先生を訪ね、
ヒッシに頭を下げて、頼んでくれたのです。
なんぼ頼んでも、塾の先生も相当頑固でね、
なかなか、うん、とは言わなんだ。
そしたら。
宮本のおじさんは、
急に姿勢をさらに低くして、
ガバ、と床に這いつくばりました。
( 頼む。 僕の男をかけて、頼む。)
そう言って、土下座をしたのです。
時代劇の番組でしか、見たことなかった。
当時、非常に大人しかった私は、
泣きたいほどびっくりしました。
そこまで言うなら。。。
それで、その塾に、通えるようになったのでした。
。。。
しかし、
そんなにまでして、
色んな大人の人に世話になって学んでいたのですが、
私本人としては、
そういう出来事のありがたみとか、
当時は、ちっとも理解できていなかったと思います。
英語は確かに大好きだけれど、
何一つ、極めているという訳でもなく、
今、こうして、宮本のおじさんが、
そういえば土下座までしてくれたな、と思いだし、
この年齢になって、初めて、
感謝の気持ちで一杯になっているありさまです。
。。。
激務の日々、
それでも、真冬の寒中水泳のニュースだけは、
見逃す事なく、
テレビ画面の向こうで、
気合いの入った表情で、
河童のように、冬の海に浮かぶ、
白髪の宮本画伯を確認し、
安堵に安堵を重ねていた私でした。
。。。
それから、また、月日は流れ、
いつの冬からか、
寒中水泳の人ごみの中には、
白髪の河童は見えなくなりました。
どんなに探しても、
白髪の河童はいませんでした。
推して悟るべし。
結局、
ありがとうの一言すらまともに伝えられず、
ましてや、美味しい和菓子さえも、持参できず、
白髪の河童画伯は、
逝ってしまいました。
なぜ、思った時に、逢いに行かなかったのか。
なぜ、人の生命を、勝手に無限ととらえていたのか。
稚拙な自分の思い込みを、恥ずかしいと感じます。
この世界で、
永遠で、
無限に続くものなど、
何一つないのだという事実。
本当に、シンプルで当たり前の事なのに、
何故か、いつも、忘れがちです。
日常ほど、大切なものはない。
。。。
今も、
離れには、
宮本先生の描いた絵があります。
水彩なのに、
全く色褪せもせず、
とても綺麗です。
海が好きだったらしく、
海の景色と、
もう1つは、鳴門の渦。
時折、絵を眺めます。
鳴門の渦は、強く、そして、優しい波の表情です。
めまぐるしく変化する渦潮。
どれほど情熱をこめて、渦を眺めたのか。
どんなに、自然というものを、いつくしんでいたのか。
絵を観ていると、
今も、
笑いながら、
しょーもないジョークを飛ばしながら、
( 風景はな。 自然はな。 もっと、もっと、じっくり眺めなあかんでぇ。 )
そう言われた事を思い出します。
だから、
私は、
これからは、もっと、もっと、
たとえ、松林の木が少なくなり、
川辺の風景も変わり、
懐かしい風景が、時代の流れと共に変わってしまっても、
それでも、
どんな風景でも、
何でも、
じっくり、目を開いて、
しっかりと眺めてゆきたいと思います。
白髪の河童画伯に、
直接感謝の言葉は言えなかったけれど、
教えてもらった事は多いので、
それを大切に心に刻む事が、
私に出来る感謝のしるし。
今日は、そんな、気持ちになりました。