昔、昔、激務していた頃のお話。
真夏の東京出張だった。
いつも激務だったが、
とりわけ真夏の東京出張は、輪をかけて激務。
ギラギラの太陽と、
下からの放射熱。
健康な私でも、
その年は、珍しくちょっと夏バテ気味だった。
丁度、社長も東京にいて、
その日は、
朝も早よから、
運転手のF君と、社長、それから私の3名で、
仕事内容は明かせないが、
とにかく、激務しまくっていた。
昼時か夕方か、
とにかくどっちかだった。
東京地裁からの帰りだったか何かだ、
ふいに社長が、
( ん~。 天一いこか。 天一。。。 )
いつも勝手に決めてくれる。
。。。えええ。 天一。
天ぷらやんっつ!
この、くそ暑いのに、何で、油ぎっとり食べなあかんのよっつ!
。。。私とF君は、同時に、半泣きモードの眼になって、お互いに合図した。
( こんな暑い日は、やはり天一ですよね~。 あんたら頑張ってるから、ご褒美です。 )
。。。やめて。 勝手な判断。
ローソンの1個300円位の、そーめん食べたい心境なのに。。。
しかし、そんな私達の心の叫びなんて知ったこっちゃない、
いつも社長はそうだった。
意気揚揚と、うなだれたスタッフ2名をしたがえて、
花のお江戸、天ぷらの老舗、天一の、
例の、丸書いてちょん、のマークの、渋い暖簾をくぐる猿一匹。
しかし、大変珍しい猿である。
何せ、アメックスの黒カード持ってる猿なんだから。
。。。
ま。 さておき。
猿さんは常連さんなので、
天一さんのスタッフも心得ている。
。。。
店の中には、
弁護士とか検事とか、何か外資系のお偉いさんかいな、みたいな、
大半がおっさん連中で、
何か、ポマードみたいな匂いもして、くらくらしたよ。
夏バテの可哀想な私は、
本当に気分悪い、のピークに近かった。
天一のてんぷら。
元気な時に、食べたい。
気分悪い時に、天ぷら食べることほど、
残虐な仕打ちはないです。
。。。
( さっつ。 どんどん食べなさいね。 )
食べない訳にはゆかないが、
口に入れても、その先へ流れてゆかない。
でも。
しがない雇われ者のサガ。
じりじり、匍匐前進で食べていた。
。。。
スーツ着た猿さんは、
どんどん、いつも通り、お構いなしに注文してくれた。
こんなん採っていいんかよ???
っていう位ちっこい鮎。
鮎の稚魚。
それに、カレー風味の衣をまとわせて、揚げた奴。
猿の好物はこれらしく、
そればっかり、私達にも食べるように注文した。
。。。
ちろ、ちろ、と、
横のF君の様子をうかがうと、
相当、彼も弱っていた。
瞳が、うるんでいた。
具合悪い時に、
さらに追い打ちかけられて、
こわばらずに平然と、油ギッシュなお料理を食べられるのは、
アカデミー女優くらいだ!
ああ。
アカデミー女優なら、
具合悪い日に、撮影なんてしないですね。
。。。
ま。
何か知らんけど。
もうあと少しの辛抱だっつ!
野菜とかイカとかエビとか、
それに、可哀想なこのちっこい鮎のベィビ、
これ食べ終えたら、ファイナルだ!
そしたら、
どうせ、
猿の大好物のメロンか何か、
上品にカットしたフルーツとかを、
あっちの空間に移動して食べたら釈放されるんだっつ!
。。。
もう、本当に、うぷぷ、って感じで、
赤いタンクトップにグレーのジャケットって格好してたんですが、
背中とか、気分悪いせいで冷たい汗が滲み、
それに、老舗の空調が当たって、
どこまで痛めつけてくれたら気が済むのですかっていう段階の心理でした。
でも。
負けん気だけは強い私だったので、
ひたひた、のろのろ、食べた。
例の、ちっこ過ぎて可哀想な鮎の稚魚のカレーまとい、を、
数回勝手にリバイバルされた後、
ちょっとした、沈黙があった。
やた。
これで、お食事はおしまいだっつ!
涙が出るくらい、嬉しかった。
見ると、F君も、限界気味。
。。。
やれやれ。
そう思った。
でも。
それは、幻だった。
世の中、そんなに、甘くない。
悲劇は、安堵の直後にやってくる。
その時、それを学んだ。
。。。
おもむろに、
スーツ着た猿さんが言った。
( ほいじゃ、あんたら、 天茶漬け、 食べなさい。 あ。 僕はいいから。 )
除夜の鐘が、
頭の中で、
鳴った。
私は、
達者な時でも、
ご飯の上に、
油ギッシュなかき揚げを載せて、
さらに、それに、
アッついお茶か出し汁か知らんがよ、
それを、かけちゃう、
そういう類の食べ物は、
大嫌いだ!
貧血と、熱中症と、めまい、くらくら、頭痛、さらにフシブシ痛い、
そんな、
ぐでんぐでん、よろよろよろめき状態の人間に、
老舗とはいえ、
抜本的には油ギッシュな天ぷら、
これは、いかがなものか?
。。。
ぼーぜんと座っている、可哀想な私達の前に、
ほかほかごはんの上に、
カラッと揚がったでっかいかき揚げが、でん、と座った。
そこに、あっつい液体がかけられた。
ほわほわ、と立ち上る湯気。
その蒸気には、油やら、海老やら何やらかんやら、
とにかく、
辛い香りが濃縮されて含まれており、
瞳から、
そして額から、
辛い汗みたいなのが滲んだ。
。。。
どうやって、
この状況を打破しよう。
もう。
私の限界は、うぷぷ、のピークだし。。。
( あっつ。 そだ! F君に丸投げしたろか! うにょし ! )
。。。
あ。
も。
お腹、いっぱいですっつ☆
社長、すみませんっつ。
私、つい、御馳走なので、食べ過ぎてしまったみたいですっつ。 (嘘八百)
あっつ。
F君、
食べたいって???
ん、いいですよ☆
どぞ、どぞっつ。
。。。満面の笑顔をヒッシに作り、
婦人画報か何かで読んだ、
優雅な手の差し出し方を記憶の奥から引っ張り出して、
しゃあ、しゃあ、と、
ほかほか湯気立ち上る、天茶漬けを、
F君の前にスライドさせた。
もちろん、F君にも、既に1つ、ほかほか野郎が置かれているけれど、
そんなん、
うぷぷのピークな私なので、
も、知ったこっちゃありません。
。。。
無口なF君、
陸に上がったクジラみたいな瞳になりつつ、
2つの、水と油のゆげゆげ野郎を、
食べていました。
彼も、夏ばて、でした。
。。。
あれから、歳月は流れ。
銀座の気配も激変したとは思います。
テレビのニュースで察知する限り、
も、
欧米共有の植民地みたいになっている様子。
でも。
あの夏の日の、
丸書いてちょん、の厳かな暖簾、
やれ検事、やれ弁護士、
あっちには外交官かな。。。
。。。。てな感じの、重い空気の中、
もろ冷や汗かきながら、食べた天一さんの天ぷらの味。
動物愛護協会の人が涙してひれ伏すような、
ちっこい、ちっこい、鮎の稚魚。
忘れる事はありません。
灼熱の夏。
今度は、
ちゃんと元気な時に、
そして、お腹が空いている健康的な状態の時に、
おいしい天ぷらを頂きたいと思っています。
ま。
どっちかっていうとね、
お腹すいてたら、
多分、私は、
有楽町駅前の、吉野家に行く。
何十分の一のコストで、
ちゃんと満足できる。
だって、
言っちゃ悪いが、
( けど言うけども )
あの時食べた天ぷら、
ローソンとかのと、
あんまり、
川蘭。
そこで一句。
川蘭よ
老舗のあれと
家のこれ
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