よっぱらいのカッパ08-11-27



    画 : chiecororine  08-11-09 






スキャンの配線が出来ないので、ライトの下でヒッシにデジカメで撮影しました。


  先日から、カッパとか蛙のイラストを描いて、笑っております。


  田舎ですので、


  お洒落なカフェも遠方ですし、


  お洒落したいというテンションにはならず、


  かなり、隠遁生活に突入し、


  さらに、寒さにより、ほぼ冬眠。


  冬眠中でも、ずっと眠る訳にはいかないので、


  先日から、絵を描く事を再開いたしました。


  夏から捜索中の、


  昔、ハイクラウンチョコレートにおまけで付いていた、


  フェアリーカードも、なかなか発見できず、


  仕方ないので、


  自分でフェアリーの絵を描く事にしました。


  昨年の大きな手術の後、


  死ぬ事と比較したら、


  恥ずかしい事なんて別段特別ないわいな、と自己納得しましたので、


  こうして、ブログのお友達の皆様に、


  ヘンチクリンな落書きをお見せすることも、


  わりかし平気のへっちゃらに変容しました。


  
  絵を観て、笑ってもらえたら、嬉しい限りでございます。



  何せ、スキャンの配線が。。。出来ないので、



   当分、


   あやしくブレた画像です。  ごめんなさい。



   でもでも、一生けん命、自分で描いたんです。



   いつ、脳のチタンのクリップが吹っ飛んで、


   ポっくり他界するかも知れないので、


   極力、毎日、楽しく過ごそうと思っております。



   こうして、ピコピコしているこの防空壕は、


   実は、


   亡き父が診察室兼書斎として使用していた部屋でごじゃります。



   コクヨのでっかいデスクには、今だに臨床検査の手引きとかデスクシートの下でリアルに健在ですし、



   書庫には、


   私の本と、


   シリアスな医学書籍がかび臭くなりつつしかしなお凛と乱立し、


   捨てきれていない往診かばんが、


   タナの傍らにぽつねんと置かれています。


   もう何十年も経過したというのに、


   人間という生物よりも、


   物質的には、無機質なマテリアルの方が、


   ある面、長生きするのですね、としみじみ常に思い知らされるお部屋でございます。



   色んな人がここにきて、


   ま、風邪やら高血圧やら、お病気に関するトークもさることながら、


   私の幼い記憶ではね、


   やれ、息子の嫁の料理の味が塩辛い、だの、


   やれ、お婆ちゃんが意地悪だ、だの、


   ざっくり8割がたが、


   土曜日の午後の吉本新喜劇の、


   もしくは、レトロなところでは、松竹、藤山寛美の世界のような、


   そんなような会話が日夜繰り広げられておりました。



   人間ていうのは、面白いですね。



   当時、どこ悪い、ここ悪い、嫁悪い、とか、


   具合悪いの連続だったようなご年配の歴々は、



   数は減少こそすれ、


   シャクシャクと、ちゃりんこに乗り、元気そうに田んぼや畑に出かけている方もいらっしゃいますね。



   夜中でも、急患ならば飛び起きて往診に出かけていた父は、


   結構若い年齢で、他界しました。


   
   人間ていうのは、寿命というものには、逆らえないものである。



   そういう風に思うようになりました。



   そして、私も、去年死にかけたのですが、


   こうして、寒い寒いとしつこく言いながらも、



   ノウノウとパソコンをピコピコ打ち、


   ブログとかしたりさせていただいております。



   後遺症とかも、今のところ、全くないですし。



   ありがたいと思います。



   幼い頃より、特殊に育てられておりますので、


   残像が強く、記憶が鮮明で、


   何でも、つい昨日の事のように思い出します。



   テレビとか、何度も、取材お願いしますとか当時は電話とかかかってきましたが、


   ガンとして受け入れなかった父です。


   私は、この通りミーハーでしたので、


   出ればいいのに、テレビ。。。とか内心思っていましたけれど。



   だから、こうして、歳月が流れ、環境も変容し、


   七味とうがらしに入っている、オの実位のテンションで、


   ブログの中とかで、


   ちょこり、ちょろりと記憶の片鱗を文章にするという事は、


   ちょっとした私の、ほんのささやかな楽しみかも知れん。



   バチの当たらない程度に活字にしようともくろんでいます。



   人は、良く、歳月が流れれば、


   哀愁も癒えるものだと言うけれど、


   歳月が流れても、


   哀愁は、そのまま、そっくり、哀愁であり、


   癒えるのは、環境の変化が緩和してくれることによる錯誤だと私は最近思いますね。


   そして、テレビで誰かが言っていたけれど、


   歳月が流れてさらに哀しみが深まる場合などもありますね。



   哀しいものは、哀しい。


   これは、これで仕方無いのですね。


   大切なのは、それをどういう風に携えるかだと思っています。



   。。。



   大事なのは、バランス。


   喜怒哀楽のバランスですね。



   人という生物に課せられた、大きな課題ですね。



   。。。



   という訳で、



   ま。



   よもや、父も、



   神聖なるコクヨのデスクの上で、



   私が、


   ヘラヘラと、カッパの絵とか描いて楽しんでいるとは思いもしなかったと思います。



   想定外の、娘。



   これからも、私は、私らしく、生きたいと思います。



   。。。



   という事で、



   以上、



   私の落書きに関する、かなり遠回りな言い訳がましい能書きでした。




   今日から、ホームページを作る練習を始めましたので、


   もしかしたら、また、徹夜するかも知れません。



   みなさんの処にまた、ちょこまか、お邪魔すると思いますが、


   仲良く遊んでやって下さいませ。



   ここは、ド田舎鳥獣保護区。



   ご近所さんは、還暦、米寿オンパレード。



   chiecoroのこの現状、お察し下さいませ。




   。。。



   では。


   catch you later on !



得意げ雨 rain makes us calm....