結局、朝までピコピコしていて、そのまま起きて、朝食をとりました。

寝とぼけていたので、クノールのコーンスープに入れるお湯の分量を誤り、

かなり薄い、さらさらスープを、ぼ~っといただきました。

ま。

水分量が多いだけの事で、摂取するコーンの成分は同じです。

味覚だけのお話。

ど~ってことないですけどもね。

。。。

案の定、本日は小雨。

朝のニュースで、インドのテロ事件を観て、

あ~、

私が、のほほんと、パソコンでピコピコしてる間に、

色んな場所で、

様々な事件が起きているのだな。。。

と、

少し、

気分がブルーになりました。


昨今では、

ワイドショーでも、

ハイピッチ化が進み、

哀しい表情でお悔やみのコメントを述べた司会者やコメンテーターが、

コマーシャルすら挟まずに、

次の芸能ニュースでは、

わはは、これ美味しいね、と試食したり、

陽気に笑ったり。。。

単位時間にいかに多いロットのこまぎれ記事を、

視聴率安定させつつ放映するか、ってのが最優先事項だというのは仕方のない事とは言え、

。。。

何て言うか、

ほんの数秒、数分で、


ケロッと変貌されちゃったりするのを、こちら側で拝見していると、


何だか、すこぶる哀愁な訳でございます。


仕方のない事実っていうのは、ある面、とてもシビアな存在ですね。


インドのテロ事件のニュースでは、

かなりショッキングな映像もありましたが、

人間の環境適応という資質を考えると、

そのうち、

こういう風な画像を観ても、

驚きもしない人間になってゆくのかも知れないと感じます。


それは、

例えば、


外科のインターンが、

大量の出血をリアルに見て、

残像が残り、

数日、肉類が食べられない状態になるとか、

トマトジュースを見ると思いだして気分がめいるとか、

そんなこんなのハードルを乗り越えて、

歳月とともに、

瞳も、心も、嗅覚諸々が、慣れて適応して、

ついには、

何とも思わず、思っても冷静に対応できる立派なドクターに成長する。


環境適応というかそういうのは、

本当に、その都度、必要な才覚なのだとは思いますけれども、

同じ環境適応でも、


テレビのニュースで悲惨な事件とか、災害に見舞われたシビアな状況とか、

画像に映し出されても、

例えば、

食事中のキッチンで、テレビに映し出されてもですね、

それ眺めつつ、

わりかし平気で、

エバラ焼き肉のたれとコチジャンを混ぜたのに、

程良い焼き加減の、

本日お得、国産和牛霜降りロースだとかなら、

美味しいね、これ。。。

とか言えたりする人、

絶対にいないとは言えないですもんね。


台所に、テレビが必需品になったのは、

いつの頃からですかね。


気がつけば、

ないと困るものになっていました。


何となく、


色々と、


考える。


お笑い番組は、まだ罪がない方ですね。


時折、すれすれの発言とかもありますけれど、


何て言うか、


食育とか言う、聴きなれない単語とかも生まれていますけれど、


食事の内容そのものも勿論大切ですが、

食事する場、環境の状況も、

昨今、複雑化していますね。


難しい時代なのかな。

そう思います。


昭和の初期のように、

成長の過程なら勢いもあり、

達成感も味わえた。

でも、

成長には必ず限界というのが来ますよね。


ジレンマの停滞期。

停滞期を過ぎて、もうすでに、斜陽、低迷、衰弱の一途の様子。


第1班の、経済成長組は、

もう、衰弱期。



昔、発展途上国と呼び、あなどっていた国々が勢いを持ち、成長してきましたね。


何か、


日本が経済的に困窮したら、


当時援助した国々は、


日本を助けてくれるのかしらん。



ちっこい島国。


あんなの放っておけ。


何て感じで、放置されたりして。。。



先日、久々に世界地図とか眺めた。


本当に、ちっこいんです。


日本。


ジャングルに、ちっこいカマキリ、たった1匹っていう位、


ちっこいの。


再認識。


こんなにちっこいのに、


狭いのに、


何で、


食べ物すら、


自給自足できんのかなぁ。



例えば、中国が、

急に不機嫌になり、


も、日本に野菜あげない、って言ったら、


えらいこっちゃになりますね。


そうでなくても狭いのに、


コンクリやアスファルト敷き詰めて、


休耕地増やして、


ほんで、最近になって、自給率最低だから何とかせねば、、、とかあおる。


狭いのに、


空港だらけで、


ガーガーうるさくて。


どんどん銀行、


雨の後のタケノコみたいに増やして、


飽和したら、


トカゲのしっぽで、消去して。


。。。


一定空間には、適量の存在物っていう、


何て言うか、


生物だってそういうシステムで種を保っていると思うんです。



適材適所というけれど、


適所、適材、

的確、適量、


多けりゃいいってもんじゃないですよね、なんでも。



何だか、抜本的に、改めないと、


混迷は続く感じがしますね。


そういう私自身、


だから君は何が出来ると言われたら。。。


う~ん。


例えば、


スーパーで、


ま。


せめて。


ネギは絶対に買わないでいたい。


大きな声で言えるのは、


そんくらいかも。


う~ん。


みんなが、ネギを自分で育てたら、


自給率、少しはアップするかも。


あ~。


そしたら、ネギ栽培農家さん、泣くのでしょうか?


う~ん。


古典では、


風が吹く→桶屋がもうかる


でも、


今は、


普通の風ちゃうし。


少々の眼病は、いいお薬あるから、治癒するし。


三味線ポピュラーじゃないし。


桶使う人、ごくわずかな現代だし。


風。


黄砂。


もっと怖いですかね。


風邪も怖いですね。


こんなん言ってたら、キリないですかね。


しかし。


意識として、


思考の片隅にね、


サバイバルなテンションは、


保持しとく方が良いとは思います。


いい時代に、


年よりになり、


へらへら平和に他界したかったかも。。。


思考がピンシャンしている年代に、


シビアな時代に突入して、


とても疲れますね。



う~ん。


今日は、ジャガランダ、畑に植えかえ出来なかったです。



葉は、枯れてしまっているので、


単なる大きな杖みたいになっていますが、


根は、しっかり元気なので、


ちゃんと広い所に植えたいです。



樹木は、自分で、てくてく移動できませんので、


木を入手した私が、


ちゃんと対処するのは、


私の任務ですよね。


しかし、かなり、大木になるのです。


他の樹木が、枯れる場合もありうるんです。


目下の、悩みです。


植える場所。


う~ん。


得意げあせる