加納恵美さんという方をご存知でしょうか?
もしくは愛猫チビタというとテレビをご覧になられた方も多いのかと思います。

加納さんはチビタの飼い主です。

チビタが事故により両前足が壊死して、医師に切断か、安楽死かを選択され、切断することを決めて、一生チビタの介護を決心する。
そこからチビタが再び歩けるようになるまでの苦闘がテレビで放送されてました。

両前足を切断してしまったので、歩くためには義肢が必要になります。
ただ一般的に猫は人工的に作られたものを嫌い、身体に何かをつけることは絶対に無理な動物として専門家に見られていたそうです。



その段階で義肢をつけて、また元気に歩くチビタを見ることは限りなく0%に近い状況だったはずですが、そのわずかな可能性を追い求めて、不可能だと言われていたことを成し遂げていく姿にとても感動しました。



わずかな可能性を求めて、一度決めたら何が何でもやりぬく姿勢は今の時代忘れかけていたことではないでしょうか。
しょうがない、仕方ない、どうせ無理だろう・・・・・出来ない理由を並べてしまう人はおおいのではないでしょうか。
実際自分も出来なかったことに対して、理由を探してしまうことが多々あります。



出来ない理由を考えるよりも、どうしたら出来るのかを考えることが、どれだけ発展的なことか。
ある人に言われて考え方を変えようとしてるときにチビタのことを知りました。



命の尊さ、愛する気持ち、そして何でも諦めちゃいけない・・・たくさんのことを考えさせられました。


そして明日も頑張ろうって気持ちがみなぎってきました。



どんなことにも絶対に無理なんてことはないのです。



ほんの数パーセント、目に見えないくらいの細かい数字のパーセントでも可能性はあるのですね。






3年前、けがで前足を2本とも失ったが、飼い主の介護と特製の義肢で生きる猫「チビタ」。小さな命の成長の軌跡を、飼い主の女性はほぼ毎日、ブログ(日記風サイト)で発信し続ける。「チビタから元気をもらえる」。そんな声に励まされている。



 チビタは雄の6歳で、岐阜県東濃地方在住の加納恵美さんの飼い猫。3年前に「とらばさみ」のわなにかかり、両前足が壊死(えし)。肩からの切断か安楽死を勧める獣医師に、加納さんは一生支える覚悟を伝え、切断手術を受けた。


 歩くことを絶望視されたチビタを救ったのは、友人の創意工夫。「猫の義肢は無理」とメーカーに断られ、やつれた加納さんを見かねた愛知県新城市の整体師山本達也さん(45)が猫の義肢作りを買って出た。チビタの動きやすさを追究し、20種以上の改良型を製作。昨年末に、医療用ギプスを利用した最新作を仕上げた。

 「1日1日、何か進歩があって見ていて楽しくなった」というほど回復したチビタ。歩きだしたチビタの動画をブログで紹介すると反響がきた。「猫がかわいそう」という批判もあったが、病気の猫の飼い主から「励まされた」、悩みを抱える人からは「私も大変だけど頑張る」といった声が寄せられた。

 昨年、ブログをまとめた本「両手のない猫、チビタ」(ソフトバンククリエイティブ)を発刊。読んだ人から「チビタを見ると元気をもらえる。これからもブログで紹介して」との手紙も届いた。

 チビタとともに過ごし、小さなことでも幸せを感じるという加納さん。「長生きしてほしい」。命の尊さ、強さを教えてくれるチビタに、母親のようなまなざしを注ぐ。




頑張ってる女性 その後2でご紹介させていただきました朝野貴子さんですが、
2月18日の13時から、千葉県鴨川市の鴨川青年の家で、ご自身が考案された「こころとからだのリラクゼーション」と題したヨガ講演会が開催されるようです。


千葉県立鴨川青年の家ホームページ

前回開催時の様子

ここ数年ヨガ人気はうなぎのぼりで上がってきており、テレビや雑誌なんかでもいろいろと取り上げられておりますね。



ヨガの経験は全くないですが、私も美容と健康のためにも行ってみようと思います。



紹介している方がご活躍している姿を見るとほんとに嬉しいです。



これからも頑張っていただきたいです。



体験のご報告はまた後日させていただきます。


皆さんは笹本恒子さんという方をご存知でしょうか?



日本で初めての女性プロカメラマンなのです。
今年で97歳という年齢ですが、今日も現役のプロカメラマンとして元気にがんばっています。



写真を見る限りとても97歳に見えなくらい、若々しくてとても輝いて見えます。




彼女の元気の秘密は、好きな写真を撮り続けていられる今の仕事があるから、元気でいられるそうです。
好きなこと、好きな仕事をしていられると言うことは元気の源であり、生きる活力となり、日々毎日を楽しく健康に過ごせるのでしょうね。



好きなことを一生やり続ける・・・・人生が長いか短いかは個人によって差がでるとは思いますが、好きなことを一生やり続けることが出来たら、それは幸せなことなのでしょうね。






書名に「ガール」とある。「最初は、この年になってガールなんて嫌だった」と言う。

でも、こぼれるような笑顔は永遠の少女のようだ。虹色のスカーフがよく似合う。


 女性報道写真家の草分けとして第一歩を踏み出した1939年、平沼騏一郎首相のネクタイが曲がっているのを直したとき、「首相の首根っこを締め上げた」と評判になった。
「それは大げさなんです。『閣下、失礼します』と一礼して、少し直しただけ」と、昨日のことのように振り返る。政治家の浅沼稲次郎、作家の井伏鱒二らを撮る一方、三池炭鉱の労働争議もフィルムに収めた。



 50歳を過ぎて、生活を維持するために写真の世界を20年も離れた。復帰したのは71歳。このとき撮りたいと思ったのは、明治生まれの女性たちだった。柳橋芸者の加藤はる、俳人の鈴木真砂女、女優でエッセイストの沢村貞子ら98人を撮影した。


 被写体には「ご自由になさってください」と語りかける。「写真はうそをつこうと思えばつけます。でも私はうそをつかない写真がいい」
 語られる言葉は味わい深い。「いつも何かしていたい」「ちゃんとしたものを作る」「転んでも起き上がって、またやってみる」



 新聞を読んで、撮りたい人物がいると切り抜き、「毎日メモ」と名付けたノートに貼る。そんな一人が、30歳の鈴木直道・北海道夕張市長。
「現場で努力を続けている人、人間が生きて仕事をしているさまを、記録に残すのが大切だと思うんです」


 気に入っている短歌がある。歌人の斎藤史の作品だ。
 老いてなほ 艶(えん)とよぶべき ものありや 花は始めも 終(おわ)りもよろし






これからも元気にもっとたくさんの写真を撮り続けて、私たちにもっと人生の楽しさを教えて頂きたいです。



皆さんも好きなことは出来ていますか?