プレシオ国際特許事務所セレクト審判決例
平成22年(行ケ)第10184号
1 特許請求の範囲
<本願発明>
【補正前】
エバポレータに向かう液冷媒が通る第1の通路とエバポレータからコンプレッサに向かう気相冷媒が通る第2の通路を有する樹脂製の弁本体と,上記第1の通路中に設けられるオリフィスと,該オリフィスを通過する冷媒量を調節する弁体と,上記弁本体に設けられ,上記気相冷媒の温度に対応して動作するパワーエレメント部と,上記パワーエレメント部と上記弁体との間に設けられる弁体駆動棒とを備え,上記弁体駆動棒は,上記気相冷媒の温度を上記パワーエレメント部に伝達すると共に上記パワーエレメント部により駆動されて上記弁体を上記オリフィスに接離させる膨張弁であって,上記パワーエレメント部は,弾性変形可能な部材から成る上カバーと下カバーの外周縁にてダイアフラムを挟持することにより構成され,上記弁本体の上端部の外周部に固着部材がインサート成形によって設けられ,上端部が内側に屈曲した筒状の連結部材を上記固着部材に螺着して上記パワーエレメント部の外周縁を上記連結部材の上端部と上記弁本体の上端部との間に挟み込むことにより,上記パワーエレメント部が上記弁本体に固定されていることを特徴とする膨張弁
【補正後】
エバポレータに向かう液冷媒が通る第1の通路とエバポレータからコンプレッサに向かう気相冷媒が通る第2の通路を有する樹脂製の弁本体と,上記第1の通路中に設けられるオリフィスと,該オリフィスを通過する冷媒量を調節する弁体と,上記弁本体に設けられ,上記気相冷媒の温度に対応して動作するパワーエレメント部と,上記パワーエレメント部と上記弁体との間に設けられる弁体駆動棒とを備え,上記弁体駆動棒は,上記気相冷媒の温度を上記パワーエレメント部に伝達するとともに上記パワーエレメント部により駆動されて上記弁体を上記オリフィスに接離させる膨張弁であって,上記パワーエレメント部は,弾性変形可能な部材から成る上カバーと下カバーの外周縁にてダイアフラムを挟持することにより構成され,上記弁本体の上端部の外周部に固着部材がインサート成形によって設けられ,上記固着部材には雄ねじが形成されており,上端部が内側に屈曲した筒状の連結部材の内面には雌ねじが形成されており,上記連結部材を上記雌ねじと上記雄ねじとのねじ結合によって上記固着部材に螺着して上記パワーエレメント部の外周縁を上記連結部材の上端部と上記弁本体の上端部との間に挟み込むことにより,上記パワーエレメント部が上記弁本体に固定されていることを特徴とする膨張弁
<引用発明>
冷媒を導入するための第1の流路と,導入された冷媒を蒸発器に送り出すための第2の流路と,蒸発器から圧縮機に向かって送り出される冷媒を通過させるための第3の流路とを備える樹脂で成形した弁本体と,第1の流路と第2の流路とを連通させるオリフィスと,オリフィスの開放量を調整するための弁体と,弁本体に装着され,冷媒の温度に応じて絞り機構を制御する制御機構と,ダイヤフラムと弁体との間に介在する感温棒と作動棒とを備え,ガス状冷媒の熱は感温棒の軸部からディッシュへと伝わりダイヤフラムを介して感熱室内の飽和蒸気ガスに伝熱され,感熱室内の圧力変化によるダイヤフラムの上下動が感温棒と作動棒を介して弁体に伝わり,この弁体が開閉制御される温度式膨張弁であって,制御機構は,第1のカバーとしての上蓋と,第2のカバーとしての下蓋と,ステンレス製の薄板よりなるダイヤフラムを両蓋間に挟持し,弁本体の上端外周部にフランジが形成され,フランジとともに制御機構の外周部を覆うようにかぶせた円筒状の止め金具の上下部をかしめることにより,弁本体と制御機構とを固定した温度式膨張弁
<本件オリフィス構成>
弁本体を合成樹脂にて成形すると合成樹脂は金属より低強度であり,弁体が合成樹脂製の弁座に当接する動作が繰り返されると,弁座が損傷する可能性があるため,下面に弁座を有するオリフィスを,金属部材のインサート成形により形成し,弁体の開閉作動によりオリフィスが破損する恐れをなくしたこと
<甲8技術>
樹脂製の燃料分配管のフランジ部に金属製のハウジングをかしめ固定するとき,かしめのときに樹脂に掛かる応力を最小限にし,樹脂のクリープの発生を防止することを技術的課題とし,燃料分配管のフランジ部が金属板を有すること
2 一致点・相違点
一致点:エバポレータに向かう液冷媒が通る第1の通路とエバポレータからコンプレッサに向かう気相冷媒が通る第2の通路を有する樹脂製の弁本体と,上記第1の通路中に設けられるオリフィスと,該オリフィスを通過する冷媒量を調節する弁体と,上記弁本体に設けられ,上記気相冷媒の温度に対応して動作するパワーエレメント部と,上記パワーエレメント部と上記弁体との間に設けられる弁体駆動棒とを備え,上記弁体駆動棒は,上記気相冷媒の温度を上記パワーエレメント部に伝達すると共に上記パワーエレメント部により駆動されて上記弁体を上記オリフィスに接離させる膨張弁であって,上記パワーエレメント部は,上カバーと下カバーの外周縁にてダイアフラムを挟持することにより構成され,弁本体の上端部の外周部に固定用部材が設けられ,連結部材によりパワーエレメント部の外周縁を弁本体の上端部に連結して固定する膨張弁
相違点1:本件補正発明では,上カバーが弾性変形可能な部材から成るのに対して,引用発明では,上蓋がどのような部材からなるか,不明である点
相違点2:パワーエレメント部の弁本体への固定を,本件補正発明では,弁本体の上端部の外周部に固着部材がインサート成形によって設けられ,固着部材には雄ねじが形成されており,上端部が内側に屈曲した筒状の連結部材の内面には雌ねじが形成されており,連結部材を雌ねじと雄ねじとのねじ結合によって固着部材に螺着してパワーエレメント部の外周縁を連結部材の上端部と弁本体の上端部との間に挟み込むことにより行うのに対して,引用発明では,弁本体の上端外周部にフランジが形成され,当該フランジとともに制御機構の外周部とを覆うようにかぶせた円筒状の止め金具の上下部をかしめることにより行う点
3 裁判所の判断
(1)一致点の認定の誤りについて
本件審決は,引用発明の「フランジ」が制御機構を弁本体に固定するために用いられるものであり,本件補正発明の「固着部材」がパワーエレメント部を弁本体に固定するために用いられるものであるから,両者が「弁本体の上端部の外周部に固定用部材が設けられ」る点で共通する旨を認定している。
ところで,ここで「固定用部材」とは,複数の部材を固定する際に用いられる部材を呼称するものとして,その機能に着目して一般に用いられる用語であるが,引用発明の「フランジ」と本件補正発明の「固着部材」とは,いずれも,上記のとおりパワーエレメント部を弁本体に固定する際に用いられる部材であって,その機能に着目した場合,共通する機能を有しているから,これらを上位概念としての「固定用部材」と呼称して,引用発明と本件補正発明との一致点として認定することに,何ら問題はない。
したがって,本件審決による上記一致点の認定に誤りはない。
イ 以上に対して,原告は,前記「固定用部材」が連結部材その他とどのように関係するかや,パワーエレメント部を弁本体に固定するに当たってどのような技術的貢献があるのか不明であるばかりか,引用発明と本件補正発明とではパワーエレメント部の固定方法が異なるから,本件審決による前記一致点の認定に誤りがあるなどと主張する。
しかしながら,本件審決は,パワーエレメント部と弁本体との固定方法について相違点2で認定しているところ,相違点2との対比によれば,一致点における「固定用部材」が,パワーエレメント部を弁本体に固定する際に用いられる部材として共通の機能を果たしていることや,連結部材等との関係及びパワーエレメント部の弁本体への固定において果たす役割は,いずれも自ずと明らかであって,上記共通の機能に基づく「固定用部材」の認定に関する前記判断を左右するに足りないというべきである。
また,原告は,本件補正発明の「固定用部材」とパワーエレメント部の外周縁が置かれる弁本体の上端部との関係が一致点として特定されていないことをもって,「固定用部材」の一致点としての認定が失当である旨を主張する。
しかしながら,「固定用部材」の上記機能に鑑みると,その認定に当たって本件補正発明における「固定用部材(固着部材)」と弁本体の上端部との関係を一致点として特定するには及ばない。
したがって,原告の上記主張は,採用できない。
(2)相違点2についての判断の誤りについて
ア 引用発明の内容
引用例1及び2には,前記フランジ部に金属板をインサート成形したとしても,この部分に雄ねじを,筒状止め金具の内側に雌ねじを,それぞれ形成して,両部材の固定に当たって前記周知技術である螺着という方法を採用することについては,いずれも何らこれを動機付け又は示唆する記載がない。
むしろ,引用発明は,本件先行発明の制御機構が,取付筒に形成された雄ねじと弁本体の内側に形成された雌ねじにより螺着されているが,雄ねじの形成にコストがかかり,かつ,取付けに当たり接着剤を使用する必要があり,取付作業が面倒になる(【0012】)という課題を解決するために,かしめ固定という方法を採用し(【0047】),本件先行発明が採用するねじ結合による螺着という方法を積極的に排斥したものである。したがって,引用例1及び2に接した当業者は,あくまでも制御機構(パワーエレメント部)と樹脂製の弁本体をかしめ固定により連結することを前提とした技術の採用について想到することは自然であるといえるものの,本件先行発明が採用していながら,引用例1が積極的に排斥したねじ結合による螺着という方法を想到することについては,阻害事由があるといわざるを得ない。
以上のとおり,引用例1及び2には,膨張弁のパワーエレメント部と樹脂製の弁本体の固定に当たり,弁本体の外周部にインサート成形した固着部材に雄ねじを,上端部が屈曲した筒状の連結部材の内側には雌ねじを,それぞれ形成して,両者をねじ結合により螺着させるという本件補正発明の相違点2に係る構成を採用するに足りる動機付け又は示唆がない。むしろ,引用発明は,それに先行する本件先行発明の弁本体が金属製であることによる問題点を解決するためにこれを樹脂製に改め,併せてパワーエレメント部と弁本体とを螺着によって固定していた本件先行発明の有する課題を解決するため,ねじ結合による螺着という方法を積極的に排斥してかしめ固定という方法を採用したものであるから,引用発明には,弁本体を樹脂製としつつも,パワーエレメント部と弁本体の固定に当たりねじ結合による螺着という方法を採用することについて阻害事由がある。しかも,本件補正発明は,上記相違点2に係る構成を採用することによって,パワーエレメント部の固定に強度不足という問題が発生せず,膨張弁の動作に不具合が生じるおそれもなく,またその強度不足によって生ずる水分の侵入により不都合が生じるというおそれも発生しないという作用効果(作用効果1)を発揮することで,引用発明が有する技術的課題を解決するものである。
したがって、当業者は,引用発明,本件オリフィス構成,甲8技術及び周知技術に基づいたとしても,引用発明について相違点2に係る構成を採用することを容易に想到することができなかったものというべきである。
エ 被告の主張について
以上に対して,被告は,パワーエレメント部の弁本体への固定手段としてどのような手段を用いるかは当業者が適宜選択すべきことにすぎず,螺着という方法が周知技術であり,かしめ固定に様々な問題があることも技術常識であるし,引用例1の本件先行発明に関する記載が,本件先行発明における螺着の不具合を示しているにすぎないから,螺着という方法の採用自体を妨げるものではなく,当業者が,引用発明における固定手段としてかしめ固定に代えて螺着を採用することが容易にできた旨を主張する。
しかしながら,ねじ結合による螺着及びかしめ固定にそれぞれ固有の問題があることが周知ないし技術常識であるとしても,引用発明は,そのような技術常識の中で,あえて本件先行発明が採用する螺着の問題点に着目し,これを解決するためにかしめ固定を採用したものである。すなわち,前記認定のとおり,引用例1は,本件先行発明が採用している螺着という方法を積極的に排斥している以上,相違点2に係る構成について引用発明のかしめ固定に代えて同発明が排斥している螺着という方法を採用することについては阻害事由があるのであって,これに反する被告の上記主張をもって,いずれも相違点2についての容易想到性に係る前記判断が妨げられるものではない。
よって,被告の上記主張は,採用できない。