平成22年(行ケ)第10105号 | プレシオ国際特許事務所のブログ

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平成22年(行ケ)第10105号

2 特許請求の範囲



【請求項1】



「(1)少なくとも一つのシリンダーと,これと連動し,上死点位置を有し,燃焼チャンバを形成するためのピストンと,(2)吸気ストローク,圧縮ストロークおよび膨張ストロークを含む作動サイクルと,(3)燃料導入システムとを有する,制限された温度燃焼を行うための膨張チャンバピストン式内燃機関を作動する方法であって,

 燃焼チャンバ内でプロセス空気を完全燃焼するのに必要な総燃料のうちの所定第1部分を導入することにより,所定の燃料-空気混合気を形成する工程と,

 ピストンがほぼ上死点になった際に前記燃料-空気混合気を点火する工程と,

 完全燃焼に必要な総燃料の第2部分を,膨張ストロークのほぼ開始点で且つ上記点火する工程の後で,導入する工程とを含み,

 導入された燃料の第1部分から生じた燃料-空気混合気の燃焼が,容積の小さな変化と共に圧力の増大及び温度の上昇を含む実質的等容積プロセスであり,

 燃料の第2部分の第1の部分の導入の結果行われる燃焼が実質的定圧力プロセスからなり,燃料の第2部分の第2の部分の導入の結果行われる燃焼が実質的等温プロセスからなり,

 燃料の第1部分の燃焼が第1熱入力であり,燃料の第2部分の燃焼が第2熱入力であり,第2熱入力は熱解放レートの増加を含む,膨張チャンバピストン式内燃機関を作動する方法。」

3 裁判所の判断



1 取消事由1について



(1)「等温変化」の意義



「等温変化」とは,系の温度を一定にして行う変化であり,温度一定のもの(熱容量の十分大きなもので近似される)に熱的に接触させての準静変化でなければならない。

 また,熱力学的平衡にある物体は,その外的条件を変化させることにより異なった状態に変化するところ,この外的条件の変化を十分ゆっくり行なうときは,変化の途中においてもその物体の熱力学的平衡を破ることがないようにでき,このような変化が準静変化である。



(2)内燃機関における「等温変化」の実現可能性



 内燃機関の燃焼作動は動的変化であって「等温変化」を行うために必要な「準静変化」という条件が備えられていない。また,内燃機関の燃焼作動においては,与えられた熱量の一部は必ず熱損失や摩擦損失等により失われてしまうものであり,与えられた熱量が実質的に100%仕事に変わるものでないことは技術常識であることからしても,与えられた熱量が実質的に100%仕事に変わることを意味する「等温(燃焼)プロセス」は起こり得ないと認められる。これらのことからすれば,内燃機関において,熱力学における理論としての「等温変化」を実現することはできないことは技術常識である。

 しかし,熱力学における理論としての等温変化が現実的なものではないとしても,現実の熱機関を扱う技術分野において,現実の熱機関で存在するほぼ等温燃焼に近い燃焼過程を「等温変化」と呼んでいることが認められる。(証拠記載略)

 熱力学における理論としての「等温変化」を現実の熱機関において実現することができないことは技術常識であること,本願明細書の段落【0026】には「燃料容積Bの燃焼は,ほぼ一定の温度すなわち等温的に行われ,パワーと効率の双方を増す。」との記載からすれば,本願明細書における「実質的等温プロセス」とは現実の熱機関で存在するほぼ等温燃焼に近い燃焼過程のことを意味していると解するのが相当である。



(3)小括



 そうすると,熱力学における理論としての「等温変化」は実現不可能であることを理由に,「発明の詳細な説明には,当業者が容易に本願発明を実施することができる程度に,発明の構成が記載されているとはいえない。」とした審決の判断部分は是認することができない。



2 取消事由2について



 そこで進んで取消事由2について判断するに,取消事由2は,審決の理由の要点(2)の認定判断の誤りをいうものである。

(1)原告は,本願明細書に記載されている「『実質的等容積プロセス』の後に『等温(燃焼)プロセス』を行うもの」として最高燃焼温度3300°Rとするものが具体的に開示されているので,その変形例として等容積燃焼プロセスにおける最大シリンダー圧力を80%や90%の圧力に設定して,「実質的等容積プロセス」の後に,次にその圧力を維持して最高燃焼温度3300°Rまで増加させる「定圧力プロセス」を行い,次に最高燃焼温度3300°Rにおける「等温(燃焼)プロセス」を行うものにつき,「実質的等容積プロセス」を終了して「定圧力プロセス」に移行するときの容積V,圧力P,温度T,及びタイミング(クランク角)、並びに,「定圧力プロセス」を終了して「等温(燃焼)プロセス」に移行するときの容積V,圧力P,温度T,及びタイミング(クランク角)具体的な条件が一意的に設定することができるなどと主張する。

 しかし,そもそも,本願明細書の「発明の詳細な説明」における「発明を実施するための最良の形態」の項において,発明を具体的に説明している段落【0016】ないし【0052】及び全8図の図面のうち,「等容積プロセス」を経た後の「定圧力プロセス」の後に「等温(燃焼)プロセス」を行うという本願発明に関して具体的に記載している部分は明細書の段落【0050】と図8のみであって,それ以外の部分は「等容積プロセス」の後に「等温(燃焼)プロセス」を行うことを前提としたものについて記載したものであり,本願発明の実施例とはできないものである。そして,本願発明のような「等容積プロセス」を経た後の「定圧力プロセス」の後に「等温(燃焼)プロセス」を行うものと,「等容積プロセス」の後に「等温(燃焼)プロセス」を行うものとでは,燃焼プロセスが異なるものであって,燃料の導入タイミング及び導入量等の条件は当然異なるものになるから,「等容積プロセス」の後に「等温(燃焼)プロセス」を行うものについての条件を,本願発明のような「等容積プロセス」を経た後の「定圧力プロセス」の後に「等温(燃焼)プロセス」を行うものに用いることはできないと考えられる。 

 また,本願明細書の段落【0050】…中略…この記載から本願発明が定容積燃焼と定圧力燃焼と定温度燃焼との組み合わせからなることは理解することができたとしても,「等容積プロセス」の後に「等温(燃焼)プロセス」を行う過程に「定圧力プロセス」を組み込み,組み込みに際しては「実質的等容積プロセス」の終了点における圧力を80%あるいは90%に下げることについては記載も示唆もないし,「等容積プロセス」の後に「等温(燃焼)プロセス」を行う過程に「定圧力プロセス」を組み込むことや組み込みに際して「実質的等容積プロセス」の終了点における圧力を80%あるいは90%に下げることが技術常識であったとも認められない。そうすると,「等容積プロセス」の後に「等温(燃焼)プロセス」を行うことの変形例として等容積プロセスの終了点における圧力に対する80%や90%の圧力を設定して,本願明細書に開示されている実質的等容積プロセスの後に等温(燃焼)プロセスの燃焼サイクルに用いられている条件や式を用いて,上記圧力を維持して最高燃焼温度3300°Rまで増加させる「定圧力プロセス」を行い,次に最高燃焼温度3300°Rにおける「等温(燃焼)プロセス」を行うための導入タイミングや導入燃料量,各プロセスの開始前,終了後のT(温度),圧力(P),V(容積)といった具体的な条件を設定することが,本願明細書に開示されているということはできない。



(2)原告が主張するように本願発明の燃焼サイクルの各プロセスにおける容積V,圧力P,温度T,及びタイミング(クランク角)が計算できたとしても,依然として,各プロセスを生じさせる燃焼噴射タイミングや,各噴射タイミングにおける燃料噴射量をどのように決定するのかが不明である。なぜならば,噴射された燃料が燃焼して熱が生じるには時間的なずれが生じており,燃料噴射タイミングと各プロセスの発生タイミングとは必ずしも一致しないことから,各プロセスにおける容積V,圧力P,温度T,及びタイミング(クランク角)が決まっても,各プロセスを行うための各燃料噴射タイミングと各燃料噴射タイミングにおける噴射量を決定することはできないからである。

 すなわち,本願発明の各プロセスでの容積V,圧力P,温度T,及びタイミング(クランク角)については,所望する値を算出することは窺い知ることができたとしても,そのような値となる各プロセスを実現するための各燃料噴射タイミングと各燃料噴射タイミングにおける噴射量を決定することについては,当業者に過度の試行錯誤を強いる。



(3)以上より,発明の詳細な説明に当業者が容易に本願発明を実施をすることができる程度に発明の構成が記載されているとはいえないとした審決の判断に誤りはない。