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プレシオ国際特許事務所セレクト審判決例


平成22年(行ケ)第10056号 



1 事案の概要


本件は,被告らからの無効審判請求に基づき原告の特許(本件審決で訂正済)を無効とする審決の取消訴訟である。争点は,訂正後の請求項に係る発明の進歩性(容易想到性)の有無である。



2 特許請求の範囲


【請求項1】

「複数の液体インク収納容器を搭載して移動するキャリッジと,

 該液体インク収納容器に備えられる接点と電気的に接続可能な装置側接点と,

 前記キャリッジの移動により対向する前記液体インク収納容器が入れ替わるように配置され前記液体インク収納容器の発光部からの光を受光する位置検出用の受光手段を一つ備え,該受光手段で該光を受光することによって前記液体インク収納容器の搭載位置を検出する液体インク収納容器位置検出手段と,

 搭載される液体インク収納容器それぞれの前記接点と接続する前記装置側接点に対して共通に電気的接続し色情報に係る信号を発生するための配線を有した電気回路とを有し,前記キャリッジの位置に応じて特定されたインク色の前記液体インク収納容器の前記発光部を光らせ,その光の受光結果に基づき前記液体インク収納容器位置検出手段は前記液体インク収納容器の搭載位置を検出する記録装置の前記キャリッジに対して着脱可能な液体インク収納容器において,

 前記装置側接点と電気的に接続可能な前記接点と,

 少なくとも液体インク収納容器のインク色を示す色情報を保持可能な情報保持部と,

 前記受光手段に投光するための光を発光する前記発光部と,

 前記接点から入力される前記色情報に係る信号と,前記情報保持部の保持する前記色情報とに応じて前記発光部の発光を制御する制御部と,

 を有することを特徴とする液体インク収納容器。」

【請求項2】

「複数の液体インク収納容器を互いに異なる位置に搭載して移動するキャリッジと,

 該液体インク収納容器に備えられる接点と電気的に接続可能な装置側接点と,

 前記キャリッジの移動により対向する前記液体インク収納容器が入れ替わるように配置され前記液体インク収納容器の発光部からの光を受光する位置検出用の受光部を一つ備え,該受光部で該光を受光することによって前記液体インク収納容器の搭載位置を検出する液体インク収納容器位置検出手段と,

 搭載される液体インク収納容器それぞれの前記接点と接続する前記装置側接点に対して共通に電気的接続し色情報に係る信号を発生するための配線を有した電気回路とを有し,前記キャリッジの位置に応じて特定されたインク色の前記液体インク収納容器の前記発光部を光らせ,その光の受光結果に基づき前記液体インク収納容器位置検出手段は前記液体インク収納容器の搭載位置を検出する記録装置の前記キャリッジに対して着脱可能な液体インク収納容器において,

 前記装置側接点と電気的に接続可能な前記接点と,

 少なくとも液体インク収納容器のインク色を示す色情報を保持する情報保持部と,

 前記液体インク収納容器位置検出手段の前記受光部に投光するための光を発光する前記発光部と,

 前記接点から入力される前記色情報に係る信号と,前記情報保持部の保持する前記色情報とが一致した場合に前記発光部を発光させる制御部と,

 を有することを特徴とする液体インク収納容器。」

【請求項3】

「複数の液体インク収納容器を互いに異なる位置に搭載して移動するキャリッジと,

 該液体インク収納容器に備えられる接点と電気的に接続可能な装置側接点と,

 該液体インク収納容器からの光を受光する位置検出用の受光部を一つ備え,該受光部で該光を受光することによって前記液体インク収納容器の搭載位置を検出する液体インク収納容器位置検出手段と,

 搭載される液体インク収納容器それぞれの前記接点と接続する前記装置側接点に対して共通に電気的接続し色情報に係る信号を発生するための配線を有した電気回路とを有する記録装置と,

 前記記録装置の前記キャリッジに対して着脱可能な液体インク収納容器と,を備える液体インク供給システムにおいて,

 前記液体インク収納容器は,

 前記装置側接点と電気的に接続可能な前記接点と,

 少なくとも液体インク収納容器のインク色を示す色情報を保持する情報保持部と,

 前記液体インク収納容器位置検出手段の前記受光部に投光するための光を発光する発光部と,

 前記接点から入力される前記色情報に係る信号と,前記情報保持部の保持する前記色情報とが一致した場合に前記発光部を発光させる制御部と,を有し,

 前記受光部は,前記キャリッジの移動により対向する前記液体インク収納容器が入れ替わるように配置され,

 前記キャリッジの位置に応じて特定されたインク色の前記液体インク収納容器の前記発光部を光らせ,その光の受光結果に基づき前記液体インク収納容器位置検出手段は前記液体インク収納容器の搭載位置を検出することを特徴とする液体インク供給システム。」



3 引用発明


 【本件発明3に対応する引用発明】

 複数の印刷記録材容器をキャリッジ移動方向に並ぶ互いに異なる位置に装着して移動するキャリッジと,

 印刷記録材容器に備えられる接点と電気的に接続可能な装置側接点と,

 各印刷記録材容器に対応して設けられ,装着されていない印刷記録材容器を発光で表示する表示ランプと、

 装着される印刷記録材容器それぞれの接点と接続する装置側接点に対して共通に電気的接続し印刷記録材容器のインク色を識別するための識別情報を送信するための配線を有した電気回路とを有する記録装置と,

 記録装置のキャリッジに対して着脱可能な印刷記録材容器と,

 を備える印刷記録材供給システムにおいて,

 印刷記録材容器は,

 装置側接点と電気的に接続可能な前記接点と,

 印刷記録材容器のインク色を識別するための識別情報を保持する記憶素子と,

 前記接点から入力される印刷記録材容器のインク色を識別するための識別情報に係る信号と,記憶素子の保持する印刷記録材容器のインク色を識別するための識別情報とが一致した場合に,応答信号を前記配線を通じて印刷装置側の制御回路に対して送り返す動作を制御する記憶装置と,を有し,

 前記制御回路は,応答信号の有無により装着されていない印刷記録材容器を検出して表示ランプの発光で表示する印刷記録材供給システム




【本件発明1,2,4,5,7に対応する引用発明(対比上,ここでは審決に倣い,「引用容器発明」と称する。下線部が前記本件発明3に対応する引用発明と異なる部分)】


 複数の印刷記録材容器をキャリッジ移動方向に並ぶ互いに異なる位置に装着して移動するキャリッジと,

 印刷記録材容器に備えられる接点と電気的に接続可能な装置側接点と,

 各印刷記録材容器に対応して設けられ,装着されていない印刷記録材容器を発光で表示する表示ランプと,

 装着される印刷記録材容器それぞれの接点と接続する装置側接点に対して共通に電気的接続し印刷記録材容器のインク色を識別するための識別情報を送信するための配線を有した電気回路とを有する記録装置の前記キャリッジに対して着脱可能な印刷記録材容器において,

 前記装置側接点と電気的に接続可能な前記接点と,

 印刷記録材容器のインク色を識別するための識別情報を保持する記憶素子と,

 前記接点から入力される印刷記録材容器のインク色を識別するための識別情報に係る信号と,記憶素子の保持する印刷記録材容器のインク色を識別するための識別情報とが一致した場合に,応答信号を前記配線を通じて印刷装置側の制御回路に対して送り返す動作を制御する記憶装置と,

 を有する印刷記録材容器。




4 当裁判所の判断




本件発明3について

(1)本件審決における判断の誤り

本件審決では、甲第3号証での「搭載位置を検出すべく,検出対象である液体インク収納容器を受光部に対向させ,検出対象である液体インク収納容器からの色情報で誤装着を検出する検出手段を設ける」旨の記載から、周知技術として「液体インク収納容器からの色情報」が単に液体インク収納容器のインク色に関する情報でありさえすればよいと認定しているが、前記周知技術は,液体インク収納容器と記録装置側とが発光部と受光部との間の光による情報のやり取りを通じて当該液体インク収納容器のインク色に関する情報を記録装置側が取得することを意味するものにすぎない。

このような一般的抽象的な周知技術を根拠の一つとして,相違点に関する容易想到性判断に至ったのは,本件発明3の技術的課題と動機付け,そして引用発明との間の相違点1ないし3で表される本件発明3の構成の特徴について触れることなく,甲第3号証等に記載された事項を過度に抽象化した事項を引用発明に適用して具体的な本件発明3の構成に想到しようとするものであって相当でない。その余の自明課題,設計事項及び周知技術にしても,甲第3号証等における抽象的技術事項に基づくものであり,同様の理由で引用発明との相違点における本件発明3の構成に至ることを理由付ける根拠とするには不足というほかない。



(2)上記を踏まえての判断

 上記のとおり,周知技術等に基づいてする審決の判断は是認できないが,甲第3号証等が開示する技術的事項も踏まえて念のため判断するに,甲第3号証等に記載された事項は,解決すべき技術的課題の点においても既に本件発明3と異なるものであって,共通バス接続方式を採用する引用発明に適用するという見地を考慮しても,本件発明3と引用発明との相違点,とりわけ相違点2,3に係る構成を想到する動機付けに欠けるものというべきである。

 よって,その余の点について検討するまでもなく,本件発明3と引用発明との相違点に係る構成に容易に想到できるとした審決の前記判断は誤りであるというべきである。



 以上に対し、被告らは,特開平10-230616号公報(甲11)の記載も根拠として,甲第3号証等の構成から,受光部側の構成のみを利用することができないわけではないなどと主張する。

 しかしながら,上記のインク残量検知器等の構成は,記録装置と液体インク収納容器との間の接続の方式のいかんにかかわらず適用し得る性格のものであって,本件発明3が,共通バス接続方式下で液体インク収納容器の誤装着の問題解決を技術的課題としていることに対する適用可能性はないというべきである。

 よって、被告らの上記主張は採用することができない。



 被告らは,引用発明において応答信号を電気配線を通じて記録装置に伝送している点を,甲第3号証の発光部の発光による伝達に置き換えることは当業者が容易に想到し得ることであるなどと主張する。

 しかし、甲第3号証には立体形半導体素子を有線の電気配線で記録装置側と接続する構成は記載されていないというべきであるし,前記のとおりの本件発明3の構成等との相違に照らせば,引用発明において応答信号を電気配線を通じて記録装置に伝送している点を,甲第3号証の発光部の発光による伝達に置き換える動機付けは存しないというべきである。



 そして、被告らは,周知技術1,2-1,2-2がいずれも本件発明3の優先日当時に周知であり,引用発明にこれらの周知技術を適用することで,当業者において,本件発明3と引用発明との間の相違点に係る構成に容易に想到できたと主張する。

 しかし、この主張についても,前記(1)の冒頭で説示したことが当てはまり,相違点に関する本件発明3の構成に想到する理由とすることはできず、また,これらの周知技術が記載されていると被告らが援用する公報の記載に照らして判断しても、結局,引用発明にこれらを適用することで,当業者において,本件発明3と引用発明との間の相違点に係る構成に容易に想到できたということはできず,被告らの前記主張は採用できない。



本件発明1について

 本件明細書の記載によれば本件発明1の構成が,液体インク収納容器とそれを搭載する記録装置を組み合わせたシステムを前提にして,そのうち液体インク収納容器に関するものであって,上記システムに専用される特定の液体インク収納容器がこれに対応する記録装置の構成と一組のものとして発明を構成していることは明らかである。

 したがって,本件発明1の容易想到性を検討するに当たり,記録装置の存在を除外して検討するのは誤りであり,相違点2における「前記受光手段に投光するための」との限定は,液体インク収納容器の発光部の構成を限定するものであるということができ,これに反する相違点2についての審決の判断には誤りがある。

 そして,本件発明3と同様に,引用容器発明に甲3,21,22号証等で開示された周知技術ないし事項を適用しても,本件発明1の優先日当時,当業者において,本件発明1と引用容器発明の相違点に係る構成を容易に想到し得るものではない。



本件発明2,4,5,7について

 本件発明2,4,5,7は、発明の進歩性に係る判断の当否についての事情は本件発明1と異なるものではなく,本件発明1と同様に,引用容器発明に甲第3,21,22号証等で開示された周知技術ないし事項を適用しても,本件発明2の優先日当時,当業者において,本件発明2と引用容器発明の相違点に係る構成を容易に想到し得るものではない。

 したがって,本件発明2の容易想到性に係る審決の判断は誤りである。



本件発明6について

 本件発明1,3と同様に,本件発明6の液体インク収納容器と甲第3,21,22号証の液体インク収納容器とは,その具体的構成も,液体インク収納容器のインク色を検出ないし判別する原理も大きく異なっており,かつ解決すべき技術的課題の点においても異なっているものである。

 そうすると,共通バス接続方式を採用する引用容器発明2に適用するという見地を考慮しても,少なくとも,引用容器発明2に甲第3,21,22号証に記載されている事項ないし周知技術を適用したときに,本件発明6と引用容器発明2との相違点に係る構成を想到する動機付けに欠けるものというべきである。

 したがって,その余の点について判断するまでもなく,引用容器発明2に甲第3,21,22号証等で開示された周知技術ないし事項を適用しても,本件発明6の優先日当時,当業者において,本件発明6と引用容器発明の相違点に係る構成を容易に想到し得るものではない。



 以上によれば,原告が主張する取消事由は,いずれの本件各発明に関しても理由があるから,主文のとおり判決する。