2025年の5月の末に、長年住んだ関東から故郷に引っ越して早3ヶ月超が過ぎた。
約22年ぶりに住む田舎の風景は大きく変わりはなく、都会との文化の差を感じてしまうけれど、利便さがない代わりに自然に満ち溢れており、子どもの頃から忘れかけていた思いや記憶が蘇ってくる。
1年、また1年と時が過ぎれば今度は逆に都会の風景を忘れていくのかもしれない。46年半くらい生きたことになるが、また同じことをもう一周できるかもしれないと想像すれば人生は長い。
今回は、私が22年前の2003年に故郷から東京に出て行った頃の記憶を掘り起こし、関東での生活を振り返ってみたい。今まで私が長年に渡り書いてきたパチプロ日記は、日々の稼働状況や実績を綴るものがほとんどであり、もう少し突っ込んだ内容をいつか書きたいと思っていたが、ようやく今そのタイミングがやってきたと思っている。
新しいシリーズの初回は、実際にその関東生活で住んだ駅や街を、主な稼働場所を紹介するとともに振り返ってみたい。初公開の内容となっているのでぜひ読んでいただきたい。
最初に住んだのは京王線井の頭線の東松原駅
2002年に東京のライブハウスのオーディションに合格し、親の反対を押し切って翌年の春に単身、東京へ。銀行口座にあったわずかな預金が10万とすこし。20万円はなかったと思う。最初は幼なじみの友人のアパートに住ませてもらった。彼が住んでいたのが京王線の名大前だ。
ほどなくして、私は井の頭線の"東松原"駅でワンルーム風呂無しアパートに月額33000円で住み始める。壁が薄っぺらく、上に住んでいる家族が飼っている犬の足音がうるさかったり、隣の部屋から毎日のようにセックスの喘ぎ声が聞こえてくるので、ストレスはあったが、同じようにギターを弾いてよく苦情がきていたのでお互い様だったのだろう。(笑)
東京にやってきたキッカケは音楽だが、私の本当の目的は「パチプロになるため。」。田舎で常識人の家族と暮らしていたら絶対に実現できないその暮らしを目指して日々奮闘を始めた!
東松原駅は各停しか停まらないためやや不便だが、名大前と1駅で、アパートから名大前まで歩いてもあまり変わらなかったからとても便利だった。世田谷区は、パチプロにとってはどの方面にも行きやすい大変便利な地域。京王線に名大前で乗り換えれば、八王子方面や立川にも行けるし、新宿まで行けば大抵のところに向かえる。井の頭線から渋谷にも行けるし、吉祥寺から青梅方面にだって行ける。
パチプロとして食っていくためにはたくさんの店をまわりリサーチしなくてはいけない私にとっては、経験値を積む場所として大きくその先に貢献した。
主な稼働駅:
吉祥寺駅、渋谷駅、赤羽駅、野方駅、下北沢駅、池袋駅、高田馬場駅など
突然の立ち退き宣告で引っ越したのが高幡不動駅
パチプロ生活は思うようにうまくいかなかった。タネ銭がなかったので(軍資金)、最初は日雇いのアルバイトをしたり、建築現場に出たりしながら少し金が貯まるとパチンコに明け暮れた。それでも仕事をせずになんとかやっていけそうになってきたのが2006年くらい。連日深夜まで酒に溺れて堕落した生活を送っていた頃に、東松原のアパートを潰すから立ち退いて欲しいと連絡があったのだ。
パチンコで勝った金も底をつきかけていたのだが立ち退きで貰える金をかなりごねて高くもらったため、引っ越し代を引いても軍資金が増えていた。引っ越した先が、京王線の高幡不動駅。
なんと2万円台で風呂が付いている壮に引っ越したが、近隣に気が狂った若者が住んでいたので騒音障害を患って大変な思いをした。しかし、パチンコの方は絶好調であり、稼働地域がやや多摩地区寄りになったものの、幅広い立ち回りで安定した年間収支を叩き始める。ちょうどパチンコ必勝ガイドさんから初めて仕事をいただいたのもこの年。パチプロ密着一週間取材で雑誌に初登場した。
引っ越ししてすぐに合コンで知り合った女性と交際を始め、その方が京王線の布田駅に住んでいたのでそちらに引っ越し、同棲を始めた。
主な稼働駅:
八王子駅、立川駅、北野駅、中河原駅、府中駅、調布駅、町田駅、赤羽駅、十条駅、上野駅など
全盛期の住まいは京王線の調布駅近辺
同棲を始めてからパチプロ稼業は絶好調だった。2007年頭に安田一彦プロの勝者に学べに出演して再度誌面に出た後、当時のAmebaブログから、パチスロパニックセブンの編集部さんより連絡があり、雑誌の仕事が一時期増えた。海物語のパチプロを探しているということで、私を漫画化してくれる話になった。
京王線の布田駅は調布の一駅となり。東松原の時と同じで各停しか停まらない不便な駅だったが、調布まで歩いてもしれていて、平和で住みやすい街だった。私はこの頃、真剣に結婚を考えはじめ、100万円の学費を払い、立川の会計学校に通っていた。パチプロ人生自体は右肩上がりだったが、やはり女性はパチプロなんぞと結婚はできないと普通はそう考えるもの。
簿記の2級までは3ヶ月で取得し、勉強とパチプロを両立させた。皮肉にも漫画の趣旨がパチプロを辞めたいパチプロの内容だったため、葛藤との戦いだったのは言うまでもない。生活は満足していたが、睡眠障害が悪化し、私は彼女と別居してさらにひとつ隣の国領駅に引っ越しした。これは賃貸だが駅から1分の駅チカ物件であり、ワンルームマンションの1F。家賃は8万円弱。パチプロは部屋を借りるのも一苦労で、無職だが支払い能力はあると証明するため、通帳を実際に不動産に見せて承諾をもらったというエピソードがある。
結局、彼女とはお別れになり、勉学も辞めてしまい、パチプロ道を歩見続けることを複雑な気持ちで決めたのを覚えているのだ。
国領駅に引っ越ししたのが2011年頃。あの忌まわしい大地震があった頃になるだろう。
主な稼働駅:
国領駅、橋本駅(神奈川)、相模原駅(神奈川)、八王子駅、立川駅、中河原駅、調布駅、石神井公園駅、練馬駅、東部練馬駅、北千住駅など
パチプロ後期は千葉県市川駅に引っ越し....
国領駅に引っ越し、新しい恋人ができたりしたが、恋愛は毎度うまくいかずにすぐお別れになる。とても綺麗な人でパチンコの達人だったらしいがご縁がなかったようだ。そして、その後にいろいろあって千葉県の市川駅に引っ越しすることになる。マンション2DKで8万弱。
それが2012〜13年くらい。千葉の市川駅は東京の県境で、JR総武線で1駅となりは小岩駅。パチプロにとって住む場所はめちゃくちゃ大切であり、周りにまともな店がないと食っていけないのだが、この時はパチンコには有利に働かないと思って引っ越したため、パチプロ人生は長く続かない予感をすでに感じ取っていた。
それまでパチンコ優良区としていた練馬区にはまず行けない距離になり、(行けなくはないが...。)稼働は小岩、新小岩、平井あたりがメイン。
幸い、当時は市川駅前にある等価2店がそこそこ優良だったため、期待値が3〜4万くらいの台は簡単に探せたのでなんとかなっていた。船橋駅にも昔ながらの換金率が低い優良店があり、店数は少なくなったが、なんとか年間で普通にやっても500万前後は稼げる環境だったろう。
ただ、この辺りはパチプロ軍団やノリ打ち集団が多く、すぐやられて店が開けなくなった。それからはシノギのパチンコを繰り返すだけ。私は一時期キャバクラに没頭し、月30万くらい使っていたので、わざと自堕落を繰り返すような行為をして、パチンコに落胆していた頃ではあった。とにかく立ち回りにくい地域であり、手駒が少なかった。地下鉄の東西線(西船橋駅から乗り換え)などにも足を伸ばして踏ん張ってはみたが、すぐに状況が悪くなり、閉店する店が連発した。
パチプロ禁止、変則打ち禁止、などのハウスルールが一気に厳しくなったのもこの頃だ。もっと前にすでにそんな風潮はあったが、一般的に第一線にいないパチンカーにも知られるようになったということだ。
主な稼働駅:
市川駅(千葉)、小岩駅、新小岩駅、平井駅、北千住駅、船橋駅(千葉)、行徳駅(千葉)、南行徳駅(千葉)、浦安駅(千葉)など
パチプロを引退したあと最後の都会生活は千葉の薬園台駅
2017年。なんとか専業を続けていたが、実に店は厳しくなり、甘デジ、ちょいパチやハネモノなどの金のかからないパチンコしかほとんどやらなくなった頃に現在の嫁に出会う。市川で同棲を始めたが、私は市川にはプライベートで嫌な思い出ばかりだったため、パチプロを辞めて働き出した後、結婚してこれが最後と引っ越したのが千葉県の新京成線の薬園台駅のマンション。薬園台はのどかで家賃も安く気に入っていた。
ただ、仕事が東京の現場なので長距離通勤が大変であり、JR津田駅から総武線快速などに乗り仕事に向かう。家賃は3DKで6万円台と破格に安く、駐車場も9000円。車も持てるくらいの経済的にはゆとりがある地域だったと感じている。
しかし、パチンコは周りにろくな店がなく、ギリギリ遊び程度にはなると思った店で出入り禁止になったり、さんざんな思いをした。2017年以降は休日にパチンコをたしなみ、安い賃金を補う程度に稼ぎ、いい付き合いをしてきた。たまに失業した時にパチプロまがいなことをしたりもしたが、今では田舎で汗水垂らして働くおっさんだ。
最初にも書いたが、今年に長い都会生活を経て帰郷。改めて我が人生を振り返ると、なかなかに自分でもおもしろおかしかった。
パチプロの人が住まいを決める時、必ずどこに住むかはよく吟味すべき。パチプロが永久に続くとマンションを購入したりした人もたくさんいるだろうが、それは無謀だろう。そんな私も、30歳くらいまではこんな時代になるとは考えていなかったのだ。しかし、知り合いでも早い人はすでに関東大震災くらいの時期にもう足を洗っていて、その時すでにパチプロは終局に向かっていた。
それでもやるという人がいるなら、どこへでも行きやすい地域に住み、できたら車もあれば選択肢は広まるだろう。恋愛などに振り回され、その都度なんとかネグラを捕まえていた私は単にツイていただけなのかもしれない。
パチは行く店で9割決まるが、住む場所も収支を大きくわける重要な要素なのだ。
主な稼働駅:
北習志野駅(千葉)、東千葉駅(千葉)、稲毛駅(千葉)、柏駅(千葉)、幕張駅(千葉)、錦糸町駅、小岩駅、新小岩駅、津田駅(千葉)、松戸駅(千葉)など
追記になるが、若い頃は決まった店がなく、強い日を取捨選択した立ち回りだったため、PASMOや Suicaを3万円単位でチャージしていたが、ある程度ルーチンがあるならば、定期を買って立ち回るのもおススメ。同じ沿線内でも電車賃が高い昨今。
パチンコで勝つのは簡単だが、それだけで生活の支払いを全てしていくのはけっこう簡単ではない。特に最近はそうなってきているだろう。他の副業もうまくやって、なんとかやっている人間も多いと聞く。私がひとつ体験談から最後に言葉を残すなら、やばいかな?と感じたら、金のあるうちに別のことに投資しておいた方が良い。
それをやらなかったから泥まみれになった私みたいな人間がいるということだ。
長文になったが、読んでくれた人どうもありがとう。
パチンコで永久的に勝ちやすい場所は存在しない。
次回に続く↪️