感じすぎてしまう状態から、地に足を取り戻すための整え直し

感じすぎてしまう状態から、地に足を取り戻すための整え直し

感じすぎてしまう生き方を卒業し、外に振り回されず自分の足で立つための在り方の整え直しについて書いています。
特別な感覚を持つことよりも、現実を軽やかに生きる力を大切にしています。

ありとあらゆるエネルギーを感じ取る体質となる難病を乗り越え、

心・身体・魂の調和と癒しを探求してきました。

スピリチュアルと現実の両面から、敏感な方が安心して自分らしく生きられるよう、真心を込めてサポートしています。





プリティジュジュです



相手に合わせることを、

長いあいだ優しさだと思っていた



空気を悪くしないこと

相手の気分を損ねないこと

このくらいなら、と自分が少し引くこと



前の私は、そういうことを

わりと当たり前にやっていた気がする



嫌だったわけではない

でも、心から望んでいたわけでもなかった



断るほどではない。


言い返すほどでもない。


わざわざ波を立てるほどでもない。



そんなふうに流してきた小さなことが、

あとからじわじわ自分を疲れさせていた



そのときは大丈夫でも、帰ってからしんどい


ひとりになってから、なんだか重たい


そういうことが、少しずつ増えていた



たぶん私は、

優しい人でいたかったというより、

面倒な空気にしたくなかったのだと思う



嫌われたくない。


感じが悪いと思われたくない。


気の利かない人だと思われたくない。



そういう気持ちがまったくなかったとは、

もう言えない



でも、そこに合わせ続けていると、

一番後回しになるのは、

いつも自分の感覚だった



本当はどうしたいのか。


どこまでなら心地いいのか。


何が負担で、何が無理なのか。



そういういちばん大事なことを、

自分で自分から遠ざけていた気がする



相手に合わせることを少しやめてみたら、

意外と何も壊れないこともあった



もちろん、全部がうまくいくわけではない。


気まずくなることもある。


相手が思い通りの反応をしないこともある。



でも、それでもいいのだと思うようになってきた



誰かの機嫌のために

自分をすり減らすことは、

もう優しさとは呼びたくない



無理をして保っている関係より、

ちゃんと呼吸ができる関係のほうがいい



こっちばかりが差し出して、

こっちばかりが気を回して、

こっちばかりが疲れていくなら、

それは見直していいのだと思う



前より少し、

立ち止まれるようになった



すぐに返事をしないこと。

このくらいなら、と飲み込まないこと。

違和感を違和感のまま置いておくこと。



それだけのことなのに、

前よりずっと自分が静かでいられる。



優しさは、

何でも受け入れることではなかった



ちゃんと自分を大切にしたまま、

無理のない形で人と関わること



今は、そっちのほうが

ずっと誠実に思える



相手に合わせる優しさを少しやめてみて、

失ったものもゼロではないのかもしれない



でもそれ以上に、

自分の感覚が戻ってきた



前より、

自分のままでいられる時間が増えた



それは小さな変化だけれど、

これからの暮らしを考える今の私には、

とても大事なことのように感じている



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