第二章詩集1-12 日記詩集1-12 返答詩集1-12 おまけトーク(自己犠牲を辞める) | 私にとって詩を描くことは祈ることと同じ。それを私は希望と呼ぶ。

私にとって詩を描くことは祈ることと同じ。それを私は希望と呼ぶ。

それは闇の中に見出した光
苦しみに絶望し 痛みに涙して
その零れた雫が奏で 咲いた花のような光
それは絶望に対する楔 そして世界への賛歌
言葉は連なり詩となり 詩は列なれば物語となる

 

 

「船旅の酔い空」

ワイングラスに注ぐ泡が全部
哀しみや喜びだったら散ってしまえばいい

さすらいの旅と出会いに杯を交わす
ささやかな宴 コップ一杯分の祝福
見た物は全部物語 自分はその一編

酒を酌み交わしてほろ酔いに彩りを
辛いことも悲しいことも
全部飲み干して月夜に捧げて

物語の続きは彼方の星のように
瞳に宿る光のように

今日という陽を祝福して乾杯を
雨の日も祝福して杯を交わす

どんな形も全て出逢いとなって泡となる
消えてしまう前に飲み干そう

彼方が雨でもコップ一杯分の幸せの時は
いつだって青天で星空が覗く

酔いが海のようによせては返す
躰は船のようにゆらゆらと旅路を行く

泣いたことも笑ったことも 歌うように口ずさんだ愚痴も
全部飲み干せば人生に色味を与える

思い返せば全部夢 酔いしれ味わう彩り
星空に過ぎ去った日々に乾杯と祝福を

涙も微笑みとなる時がきっと来る
笑顔で酒を酌み交わそう

辿った道が全て彩られ
語らえば物語となるように

海に揺られて 船は進む
満天の星空の 天の川に揺られて

「些細なこと」

今日はずっと苦しかった

何かが―と言うわけではないのだけれど
ただ生きることが

毎日繰り返される日々は
星のない夜のよう

苦しみを忘れる瞬間がある

何気ない会話 何とない出来事が
雲の隙間から月明かりが差し込むような

とても優しいことのような気がして
救われている

今も――救われ続けている

「真実は水のように心の中で揺れる」

鏡は水のように姿を変える

今まで氷だったものは
水となって揺れ
明日になれば干上がり
夢となって空に消える

心は水のように揺れている
瞳の奥で揺れている

この手にあるものは
誰にも触れられない

あるがままの姿で
誰も知らない姿で

 

 

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おまけトーク

もう十年くらい続けていた、寄付を辞めた。控除の申請の手間とかそういうもろもろに嫌気がさして。社会人になる頃に、何かできることをしたいと思って始めたのだけれど、やめて見て思ったけれど、「誰かのために何かをしなければいけない」という一種の呪いのようなものを自分にかけていたのかもしれない。誰かのためにしなければ自分に存在価値はない。みたいな。別に誰かのためにならなくたって、自然に自分でいるだけで、それだけでいいし。誰かのためになるかどうかは結果論だし。自然的にすべての動物は調和していきているし、そこに誰かのため、みたいなものはないし。誰かのためにどうこう、というより、自分の「我とか欲」みたいなところをどうにかしていく方が、遥かに利他へのアプローチには近道じゃないか、とか思ったり。いや、分からないけどね。