余震も落ち着き、翌年の春には、親父の農業継続も仲間たちと生産組合を
つくって協力していくことなり、先の生活の目処がたち、
僕の会社の方も、お客様からの協力と援助によりなんとか再建できました
この間、稼がなければなのに会社が潰れたらどうしよう…
と、とても恐かったことを覚えております
そしていよいよ新居の再建となりました…
ウチは、築100年以上たっている古い家でしたので、
家そのものの価値がほとんど無いため支払われる保険も
微々たるものだったのですが…
その分、親父が家財保険にしっかりと入っていたために、
頭金位にはなりました…
残りは僕の名義でローンです
親戚の不動産屋の紹介で業者も決まり、無事着工しました
しかし、棟上も無事終えた頃、爺ちゃんの具合が悪くなり入院しました…
入院したら、今度は両親は付き添いに交代で泊り込みです…
親戚の方々から助けてもらいましたが、
両親の疲労はピークを超えていました…
入院した時に既に、癌が全身転移していたのですが…
その後3ヶ月で亡くなりました
みんなに看取られて亡くなって最後は幸せだったと思います
享年87歳でしたので往生です
新居にいれてあげれなかったのは残念でしたが、
隣のお寺の本堂を借り立派な葬式をあげることが出来ました
これ以上入院生活が続いたら両親がダウンしてしまうと心配していましたし…
それに水害後、爺ちゃん一気に呆けましたから…
これでよかったのだと思ってました…
ぶっちゃけ、爺ちゃんはあんまり好きではなかったのですが…
最後に焼き場の釜に入れられるときは、なんだかわからない涙がでました…
骨になった姿をみても、なんの感情もでなかったのですが…
しかし、親父たちは、これでゆっくりする事ができません
例年の4割程度しかありませんが、稲刈り等の農作業が待っていました
なんだかすっかり痩せた親父がそこにいました…
そして稲刈りも一段落したある日に、
すこし体調がすぐれないと病院に行ったそうです…
《直腸ガン》
親父は、そう診断され、当日即入院でした
「なんで!?」
こころのそこからそう思いましたが…
僕が、しっかりしなければなりません!
家の完成ませあと3ヶ月のことでした…
とりあえず、家のことは親父に聞きながら僕がするしかありません
業者との打合せと、各手続き申請の数々…
そして、親父の代わりに家族を纏めなければいけません
本人曰く、水害発生した直後からも、血便が出るなど自覚症状があったそうです
ただ、先の見通しがたたないまま入院するわけにはいかないと思ったし、
目まぐるしく、やらなければ行けない事が次から次へとあって
医者に行くのを我慢していたそうです…
それを聞いて、本当は怒ってやりたかったのですが…
何にも言う事は、出来ませんでした…
親父は、ひたすらここまで再建に向かって歯を食いしばって、
僕らを支えてくれたんですもの!
医者の話では、ガンの事態の状態は、かなり進んでいて…
開けてみなければ、転移の状態はわからないと言われました…
医者の説明は、基本的には、僕とかぁちゃん…
それと親戚の叔父さん(爺ちゃんの弟)がいたりいなかったりでした
そこには親父も同席していました
その時の、かぁちゃんは、医者の話はまったく耳に入らず…
かなり心が折れかけていました…
『一番、辛いのは、親父なんだし!今はウチラが元気づけなきゃなんだぞ』
そう言って聞かせながらなんとか、堪えてくれました
親父は親父で…
『まー 今死ねば、保険で俺の農機具の借金払ってもおつりくるから』
と、なんともとり難い事を言ってくるもんだから…
『そんな楽したらバチが、あたるんだー
自分の借金はちゃんと働いて自分の手で返してくれ!』
と発破をかけていました!
実際僕は、家のことを聞きに行くくらいで、ほとんど病院には行ってませんでした
代わりに、かぁちゃんと妹が、ほぼ毎日通ってましたし…
手術前は寝たきりという訳ではないので、
それまでは泊まりの付き添いはいりませんでしたから…
僕は、あれこれと奔走していました…
誰にも弱音を吐けなかったし…ただ静かに飲んでいたかな…
ぶっちゃけ、もしもも覚悟していたし…
その反面、なんとかなるのではと思ったりもしていましたが…
この間も、かぁちゃんの発作(被災のショックで突然強い頭痛が襲ってくる)
が夜中にでて…病院に行って点滴うってもらうと落ち着くんですが…
連れて行く役目を、弟が一手に受けてくれました…
そんななか、親父の手術の日がやって来ました
予定通りに行けば、仕事が終ってから行っても十分間に合うので
何かあったら連絡してもらうよう頼んで出社していました
ジッとしてるのは、逆に辛かったですし、祈るのはドコでもできるし…
仕事が終わり病院へ駆けつけたら、おじさん(親父の弟)と、
かぁちゃんがうろたえていました!?
『よくなかったのか?』
と思いましたが、術後の先生の説明を聞き、ほぼ予定通り手術が済んだこと、
病理検査の結果が出ないとわからなかったけど、
見た目では、リンパへの転移は見られなかったこと、
肛門は取らずにすんだこと…
ただし、腹の中にかなりの部分を切除した為、予定通りだったのですが、
術前の説明を聞いていないおじさん、聞こえていなかった、かぁちゃんは、
いっぱい切除したとうろたえていました(;´▽`A``
その後の病理検査の結果でも転移は無しと判断されました
医者の話では、このケースで転移が無いのは奇跡的なことなのだそうです
とにかく、ホッと肩の荷がおりました…
本当に、ヨカッタ!!о(ж>▽<)y ☆
それから家も無事完成し引渡しもおわりました
引越しまでに退院は間に合わなかったので、あれよこれよと大変な引越しでしたが・・・
それも無事終わり、新居での新しい生活が始まりました
それを機に、弟は外にアパートを借り、独立しました
これには、かぁちゃんとても寂しがりましたが、
僕には弟の気持ちも理解できましたので、収めました…
そうしたら!退院は、あと三日後だったのに親父が、
無理して帰ってきました(笑)
『いや~~婦長さんに、怒られた怒られた☆』
笑いながら話すさまに、もう怒る気はおきませんでした(笑)
それから、しもちゃん☆家の新しい生活がスタートしました!
その間にも、妹がお世話になっていた婆ちゃんの亡くなったり…
2年前の本日に、中越沖地震が発生!!
今も尚、仮設住宅暮しの方も多くいらっしゃり、
亡くなった方も大勢いらしゃりました
この場を借りて追悼の意を捧げると共に、
亡くなった方のご冥福をお祈り申し上げます
僕は、発生当時、休みだったのですが、ちょうどシャワールームで
シャワー浴びていて…頭を洗っている最中だったのですが…
大きな揺れにいろんなもの揺らしながら、必死でした!
トイレでは妹がキャーキャーと騒ぎ立てていました
なんて間の悪い、兄妹でしょうかσ(^_^;)
かなり長く揺れていたのいですが心の中では、
『やばいやばいやばい』念仏のように繰り返していました…
だって、まだ建てたばかりで何十年もローンが残ってるのに…
壊れたりしたら…そう考えたら恐くて恐くてY(>_<、)Y
なんとか、物が落ちる程度で数枚の食器が割れた程度ですみました…
よかったです…
そんなんこんなんで去年には弟が入籍!今年は、僕らが入籍!
10月・12月と結婚式が続き…
両親は大変ですが、嬉しい悲鳴を上げています(*^▽^*)
親父の経過も、何事もなく5年が経過しますし、かぁちゃんの発作も
新居に入居したら、ピタッと治りましたので万事OK!!でございます('-^*)/
今のしもちゃん☆家は、とっても幸せいっぱいなんです☆☆☆
振り返ると、あの2年間は、本当に色々な人に助けてもらって、
自分でも色々なこと学んだ2年間で、生涯忘れなれない2年となりました
そう思える貴重な体験をできたことを、今はよかったと思います
長々と回想が入りましたが、最後まで読んで頂き
本当にありがとうございました!o(_ _*)o
僕は、今!とっても幸せです☆