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クズで何が悪い!

場末の飲み屋の酔っ払い程度の「なんでもかんでも言掛り」です。

イジメ動画が投稿され、「二次被害」とか色々論争が起こっている。

 

最初に、「イジメにあった人でなければ、本質は理解されない」と、オレは思う。そして、その「完璧な対処」ってのは、極めて難しいという事。そして「イジメはイジメたほうが悪いんです」例え理由が加害側にあろうとも。

 

やられたほうは、「やむにやまれず」、「どうしようもなく」という事もある。半面で、現状は「顔は晒され」「名前も出され」投稿される事に、一定の疑問がある事も事実。更に、対処すべき立場の人間の無力・無責任も間違いなくある。

そうなれば・・・

 

ところさんが言っていた・・・「法律を守らない奴を、法律で守ってやる必要はない」。オレは理解できる考え方だと思っている。

「未成年だから」という意見もあり、法律の建付けもそうなっているのも事実。がしかし、本当にそうか?と言う疑問もある。子供だから多少の事はとか、実名や顔写真を出すことは問題がある・・・理解はできるが、本当にそうか? 舐めてないか?法律を。ある子供は「17までならなんでもOK」と嘯く子供もいる。今回のイジメ騒動も「高校生」だという。ちなみに、高校名まで晒されている。高校生という事は、18歳であれば「選挙権」が持てる年齢。16や17でも、事の分別が付く年齢。つかないほうが如何なものかという事。それなのに・・・

 

オレは思う、イジメに限らず「犯罪を犯す人間」ってのは、いつの時代も「一定数存在する」それが現実。どんな教育を施そうが「犯罪者」にしかならない人間は存在する。それが現実。であれば、「厳罰で対処する」ってのは、ある種「当たり前の考え方」、所さんで言えば「法律を犯した時点で、法律で守る必要なはい」という事。

一義的には、守られるべきは「被害者」であって、加害者ではない。確かに加害者にも人権がある事は事実。しかしその人権は、「犯罪を犯した時点で制限される」べきもので、更には「被害者を越えて守られるべき人権ではありえな」。もしこれが違うとなれば「やられ損」を法律が認める事になり、被害者は守られないとなる。

 

法律は、いつの場合も「慎重に」罰則が決められる。「そこまででいいのか?」や「他の罪名と比較して」とか、慎重に定められる。これ自体は「健全」な「民主主義」「法治国家」としては当たり前の事だろうが、何事にも「行き過ぎると」ってのは存在し、今の例で言えば「危険運転」と「過失」の境界は、極めて難しく、被害者家族・遺族は・・・「納得できない」という話ばかり。まあ、被害者としては、そうなる事も致し方ないのだろうが。

 

がしかし、最早「過去の価値観・倫理観」では収まり切れない犯罪も増え、その動機も過去の考え方では想像もつかない事が増えており・・・それでいいのか?は、犯罪が起こるごとに疑問だらけ、それが実態ではないだろうか。

 

イジメをやる奴なんて・・・クズを通り越して「人でなしの犯罪者」なんですよ、子供だろうがなんだろうが。現に「大人の世界」だって、普通に「イジメ」は存在しますから。そして・・・言っちゃなんだが、子供の頃からの習性で、大人になってもって人、いますよね、間違いなく。

このあたりが、オレが言う「ろくでなし」と「ひとでなし」の境目で、「ろくでなし」は「イジメ」なんてくだらない事はやらない。人を平気で傷つけることはしないが、自分が傷つくことは、なんだかやっちゃう。更には、人から見て「何をバカなことを」ってのは、平気でやる・笑

「ひとでなし」は、こういう「イジメ」のような事を平気で出来る。もっと簡単に言えば、同じ暴力でも「喧嘩は平気でする」のは「ろくでなし」。「喧嘩はしないが、イジメは平気でやる」これが、人でなし・・・それがオレの決めた境界。

 

なので、ろくでなしの周辺には人は集まり、「なんだかほっとけない」となるが、人でなしの周辺には人は集まらない。なので、自然に孤立し、更に犯罪が増える。子供頃はそういう輩が集まるが、年齢が進むに従って人は減り、孤立し「埼玉のひょっこりはん」のように、30過ぎても自転車に乗ってバカな事を繰り返す。それでしか、自分の存在を示せないとなる。

 

イジメは、どんな理由があろうがダメなんです。そして間違いなく「犯罪」です。

時代に風潮か、言葉で誤魔化すような事もおおいですが、今回の例で言えば「イジメ」ではなく「暴行罪」です。「傷害」です。行き過ぎれば「殺人未遂」です。過失がないのですから。

上履きを隠せば「窃盗罪」で、それを履けないように壊せば「器物破損」。髪の毛を引っ張れば「暴行」であり、制服を破けば器物破損。どっかに捨てれば「窃盗」です。

 

そうやって、子供の頃から「しっかり教える」のではなく「わからせる」。「お前のやった事は犯罪だ」という事を。犯罪を犯せばそうなるか?も、しっかりとわからせる。その上で、それでもやるのは自由だが、「厳罰」で対処する。

 

今は知らないが、昔の未成年犯罪者は「鑑別所送致」を恐れていたと言われる。それは、犯歴がつくとかそういう事ではなく、鑑別所内での厳しい生活でもなく、鑑別所内での「イジメ」を恐れていたとか。完全なる弱肉強食の世界で、弱いものは全てを失うどころか、寝ている間に何をされるかわからないので夜も安心して寝られないと。

 

そういう怖いものがなくなって、快適になれば・・・と言う事で・・・

犯罪は「やったら後悔する」でなければ、なくなりませんよ。まして、校長含めて学校が隠ぺいしたり、加害者への二次被害?だ、人権だ?のなんだので、隠し通せば・・・絶対になくならない。

 

もっと言うなら・・・犯罪者を色めがねで見る事だって「イジメ」の第一歩のはずで・・・刑を償った人間が、普通に暮らせない世の中を作っている人間だって、イジメの消極的加害者予備軍だって事を認識する必要だってありますよ。

それは良くて、これはダメ・・・そこからですね、イジメを無くすためには・・・なんて語るのは。

 

厳罰でいいんです。やられたほうは「一生忘れない」ほどの精神的被害なんですから。

と、高齢の経験者は語る・大笑