と感じる訳です。何が?は・・・「太陽光パネルのリサイクル・リユースの義務付け」の報道。罰則付きだそうです。

 

そもそも、太陽光パネルなんてのは「最初からわかってた」はずじゃないの? 数年先には「処理に困る」ってのは。大抵の人は気づいてたと思うのだが・・・であれば、当初より「それを想定した政策」として「太陽光発電の推奨」をやるのが、「頭の良い官僚さん・政治家さん」じゃないのかね? わざと? あり得るな。。。

 

凡そ「耐用年数30年前後」らしい、今のパネル。2050年あたりから「昔見た、パチンコ台の大量放置」の光景が繰り返される・・・と、気づいてた人は多いでしょう。

 

意外と語られないのですが、「リサイクル・リユース」ってのは「金がかかる」んですよね。そのまま使えるはずもなく、諸々「手を加え」、場合によって「同じものとして生き返らせ」だったり、「バラシて部品として使用」だったり、「原材料化して再利用」だったり、色んなパターンがある訳ですが、例外なく「その全部」で、「コストがかかり、資源を使う」訳です。

 

一例で言えば、「ペットボトルのリサイクルには、新しく作る約「倍」の資源を使う」という試算もあります。これが「本当にエコか?」という事です。だからと言って「全量処分」をしろとは言いませんが、真実を理解したうえでの「エコ論理」であれば、多少の理解は出来るというものです。全量処分だって「コスト」もかかり「資源」も使うのですから。

 

太陽光パネルの再利用はいいでしょう。しかし、そういうものを「法制化」するのであれば「再利用した場合」の「コスト」及び「資源消費量」「環境負荷」など、すべて「論理的根拠と想定される数字」を明確に示してからやって欲しいものです。

法律ってのは・・・どんなに政治家が「美辞麗句」を並べようが出来てしまえば・・・例えば「身分証明書に健康保険書は使用できない」と、あろうことか警察が言い出すように・・・強制ではないと言いながら、出来ていしまえば「ほぼ強制」で、「やらない人は犯罪者か?」という扱い。これが、政治のやり方です。

 

パネルの処理問題を論じるのはいいでしょう。それは正しい。しかし「今頃?」であり「恣意的判断はない」と言い切れるものでなければ、「輪をかけて」という事になり・・・なんでもそうですが「最終的には国民負担」とそういう事になるのが、政治です。

「太陽光なんて使った事もない」人にまで、「税負担」という名の「実質負担」をかけていく。最早「受益者負担」なんて考え方は昔話。それだけは防がなければ「やったもん勝ち」で「ケツを拭かされるのは、それによる利益を得ていない人」となる訳で、理不尽の連鎖です。

 

簡単な話です。

例えば「太陽故パネル」の設置や蓄電池などの周辺機器、工事関連を含めて300万円だったとしましょう。この300万円に対してどれだけの効果がるか?と考えるのは「それをやった人」だけで、加えて「責任」もついてきます。

しかし考えるべきは、「300万円分の効果」は、受益者ではなく「環境」であったり「資源」であったり、そこでの「効果」を考えなければ意味がないという事です。300万円、違う方法で「省資源」「二酸化炭素軽減」「ゴミ軽減」などなど、やり方はないのか?と。言い換えれば「300万円使って、資源減少でどれだけ、温暖化対策でどれだけ」というように、しっかりとエビデンスを出しているのか?と。

もっと言えば「300万分の効果は、やった場合とやらない場合、違う方法をやった場合」、それらを比較もしないで、目に見える「パネル」「発電量」「売電収入」だけで判断しても、正直「環境問題」「資源問題」で考えれば「全く意味はない」という事です。

 

もっと簡単に言えば「最初の300万円分」で、どれだけ環境に負荷をかけ・資源を使っているか?という事。それを語らずして意味はない。開発費・材料費・政策費・工場の稼働費・運搬費・施工費・管理費・人件費・・・この全てで出される「二酸化炭素量」、消費される「化石燃料」、使用される「水資源」などなどの総計が「設置した場合」どれだけの「実質効果」があるのか?・・・誰も語らない。という事は、ないんですよ。あれば「大々的」に言いますから。そういうもんでしょう、新しいものってのは。

車で言えば「0」ですね。今の電気自動車は。いやむしろマイナス効果のほうが大きいです。何故なら、世界で「フランス以外の国」は、電気の調達を「化石燃料に頼って」ますから。要は「一旦、化石燃料で発電し、それを利用する」という事。であれば、最初から「車に化石燃料」と何がどれだけ違うのか?という事。

 

どんなものでもそうですが、語られない「調達時点の問題」。何もないところから作れるわけじゃなく、簡単に言えば「工場の制作費・維持管理費」も含めて「実質効果」だという事。目先の「発電量」だの「資源の消費量」だけ見て「やれエコ」だの「省資源」だの、まったく意味がないという事です。

 

 

まあ・・・

「神輿は軽いほうがいい」らしいです。なので「進次郎」に票が集まるようです。仮にも「一国の総理大臣」を選ぶことが、この程度の判断でいのかね? なんでも「官僚がしっかりしてるから大丈夫」だそうで・・・いるのか?政治家って。

 

どうでもいいけど・・・ここでも「日本は官僚型社会主義」だって証明しちゃってますな。。。

 

官僚が実権を取った国で長続きした国はない・・・日本という例外を除いて・大笑