奥の深い問題。 | クズで何が悪い!

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場末の飲み屋の酔っ払い程度の「なんでもかんでも言掛り」です。

今回の「森」の差別発言・・・問答無用なのは承知の上で・・・あえて書く。

 

そもそもの問題として、世の中から「差別」はなくならない。今回は「性差別」として大きく取り上げられたが、そして「失言王」の森だけに、そしてその森が嫌われているからという理由、権力を持っているという理由などが加味されて、大きく問題となっている。

確かに、「大きな問題」ではあるし、情状酌量の余地もない不届き発言ではある。

 

さてさて・・・

生まれながらに、人は差別と向き合う事になるのが現実。自分の経験で考えればわかる事で、まず「生まれながらの体格・容姿」。これはみんあ違う。が、そこまでの「区別」は、まああまりない。そして幼稚園・・・今は知らないが、いや今のほうが大きいのか?とも思うが、そこで「貧富の差」に出くわす。まあ、幼稚園児ですから、まだ理解はしないでしょうが、親はわかっている・・・貧富の差。

そして、小学校に上がる頃はには、「お前んちは金持ちだなぁ」などと、遊びの中でも感じ始める。そして、自分が貧乏だと言う事も。しかし、この時点では、まだ一緒に遊べるし、貧乏もそんなに気にはならない。

やがて、中学校に上がるようになると、昨今は「私立」を選ぶ子供が増えている。オレらの頃は、まあ田舎でもあり「公立」が殆どで、記憶を辿れば「私立進学」は、400人が進学する地元の公立校の中で、たったの1名。医者の子供だった。周囲は「あの家は金持ちだから」と、みんなが思っていたし、口にも出していた。このくらいになると、まず「進学」で、貧富の差を感じる。その前の「塾」でも感じるのだが。

 

そして、「学力」という区別に遭遇し、人との違いを意識するようになる。違いの意識が、やがて「区別」となり、それは「あの人と私は違う」という、無意識に自分と分けて考えるようになる。子供の頃は、まず「貧富」そして「学力」「容姿・体格」などなど、区別の元を意識するようになる。

 

また、生まれながらの・・・「地域」「家柄」なども、区別の意識が出てくる。本人の意思に関わらず、そういうものが芽生えてくる。その兆候は「見下す」と言う事から始まる。よく言われる「田舎者」なんてのは、その最たる例で、出自が元で、なんの謂れもない差別を受ける事を経験するようになる。また、出身校でもそういうものが生まれる。「あいつは、あの程度の学校だ」なんてのが・・・まだまだ存在する。エリート意識なんてのも、その例で、成長するに従って、どんどん「区別」されて、人は生きていく。

 

そんな、誰でも無意識に「人を差別している」世の中で、特に「性差別」だけを大きく問題視しても・・・と、オレは感じる。確かに森は問題だ。しかし、その森を批判している、「正義を語る不届き者」のマスコミだって・・・オレに言わせれば、「本当に、自分たちは差別とは無縁に生きてるのか?」と、問いたい。

 

森は・・・いや森に限らず、特権階級で生きている、生きていた人たちは・・・「人を見下す」などの、差別思想と無縁でいられるとは思えない。また、それは・・・程度の差こそあれ・・・誰でもみんな「差別思想は一切ないと」と、本当に言い切れるのか?とも、問いたい。

田舎者、貧乏人、3流大学出、零細企業勤務・・・そう言う事で、一切の「区別・差別」をしてこなかったと、言い切れる人がどれだけいるのだろうか?と、オレには疑問でならない。

 

3人集まれば派閥が出来ると言われ・・・考え方の違いで区別するならまだわかるが、「金を持ってるか」「どんな教育を受けてきたか」「どこの出身か」「どこに住んでるか」などなど・・・身に覚えはありませんかね?と。

 

また「性差別」については、これもまた奥の深い問題で、根本は「身体の仕組みの差」に起因するのではないか?と感じる。女性と男性では「身体のつくり」が根本的に違う。それは「種の存続」という、生物の成り立ちから考える必要のある問題で、どんな生物でも「雄と雌」は、違うものとして存在する。という、事から発しており、文明・文化が進化する過程で、色んな差別も発生しているというのは、まず考える必要があり、更には昨今の「性同一性障害」など、複雑な問題も絡み・・・まさに難しい問題なんだが。

 

こういう「女性差別」と言える問題は、根が深いのが実情。ま、今回は「それを、オリンピック組織委員会の会長」が言うかね?と言う事なんだが・・・

 

例えば、ある国では「女性が身体を売る事で生計を成り立たせている国」が、未だにある。そういう国では「売春」が「何故いけないのか?」と考える人もいる。結果、生まれた子供で「女」は育てるが「男」は捨てる・・・そんな信じられない事態も起きている。男の子は「ストリートチルドレン」となり、末は「犯罪者」などになるしか、生きる術がないという・・・そんな結果になる。

 

戦後、食うや食わずの状況で、旦那は兵隊にとられ戦死し・・・生きるために身体を売った・・・そんな人を責める権利が誰にあるのだろうか?それは、昔話でもなんでもなく、戦後の日本で、今話題の「慰安婦」問題で・・・未だにある程度の人の記憶に残っている事実である。

その事実から、「女性を軽く見る」・・・そんな人がいても、ある意味では仕方なく、そrを解消する事は国としての課題で、そういう事実に正面から向き合わないで、女性の権利だけを主張しても、問題の解決にはならないと、オレには思えるけど。

そして、そう言う事に「正面から向き合う」人は、残念ながら、政治家にもマスコミにも・・・いないのが現実。

 

例えば、「生きるために食べるものを盗んだ」のと、生きるために「身体を売った」のと・・・同列で考える事は誰にも出来ないだろうが、どちらも根本は「食う為」だという事実を、どう考え、どう対処するか?・・・その事から目をそらしている限り・・・こういう「発言」は、なくならない。

こういうのは、失言なんてものではなく「思想の反映」でしかなく、訂正しようがなんだろうが、「いつもそう考えている」という、その人の「事実の証明」でしかない。

 

これで・・・

オレが言いたいのは・・・

「簡単に考えて欲しくない」と、そう言う事で・・・マスコミの対応は、まさに森の言う通り・・・「おもしろおかしくしたいだけでしょ?」と、オレにも思える。あんたがたは「差別・区別」の問題と、どれだけ真剣に向き合っているのか?と。

 

生まれながらに・・・子供の頃から・・・知らないうちに・・・区別され・・・それでも人は腐ることなく努力もし、謂れなき人との違いを受け入れ、日々真面目に生きている・・・それが、普通の人間であり・・・そういう人たちへの、「見下した挑戦的な発言」であると・・・どのマスコミも言わない。あくまで「性差別」として騒ぐだけである。

それは、自分たちは日ごろから無意識に、その「差別思想に与している」という現実の認識がないからで、その事のほうがよっぽどオレには問題だと感じる。

人は誰でも、そういう事実から逃れられない。だからこそ、立場のある人間は、配慮が必要で、リップサービスやユーモアもいいけど、それ以上の配慮がなければ・・・単なる暴言でしかない。

上級国民が平民を見下すのは当たり前にあるが、もっと身近の「目こそ鼻くそレベル」の・・・「おい、田舎者」なんて発言を、差別発言と感じないのが普通だろうが、その根源には思想には・・・どんな背景があるのか・・・それを知る必要があり、それをしなければ・・・絶対に「こういう発言」はなくなりはしない・・・それが現実だと、オレは思う。

 

国でもそうでしょう・・・未だに「白人至上主義」なんてのが国を動かす、世界の先進国を標榜する国家もあれば、未だに「先住民族」に対して迫害を加える、歴史を歪曲する、この5~60年の間に成りあがった国家もある。

全て・・・区別・差別ではないと考えて・・・理解できるのかね?

 

難しい問題なんですよ、こういうのは。

だからこそ、マスコミは識者は政治家は・・・冷静に問題の本質を考え、対処する・・・逃げることなく・・・じゃないでしょうかね?

こんな問題・・・「おもしろおかしく」はともかく、「本質をかけ離れた論理」や、「話題性を重視」したような報道、批判は・・・

 

森は、大問題ですよ、間違いなく・・・

そして、そんな人に任せて良い話じゃないですよ、オリンピックは。

 

オレも良く使う・・・

「あいつはバカだ」という発言だって・・・差別の始まり・・・ですからね。

 

人とは違う・・・そんな「当たり前の事」から始まる差別思想は・・・

本当に難しい問題なんです。

ヒステリックに語れる話じゃない・・・オレは、そう思います。