クズで何が悪い!

クズで何が悪い!

場末の飲み屋の酔っ払い程度の「なんでもかんでも言掛り」です。

♪浪花~節だよ人生は~(笑)

明日は「七夕」ですね。しかし当地方は「月遅れ」という事で、8月7日が七夕です。という、まぎれもない「田舎」です。

面白いもんですね。大して大きくない国で、こういうのが当たり前のある事が。お盆なんてのも「旧盆」だのなんだの言いまして、地域によって様々。まあ、そういうものなんでしょう。

 

さてさて、そんな七夕決戦だそうで、都知事選挙の投票日です。まあ、都知事選に何かを言っても無駄でしょうから、それは「なるようになれ」って事なんですが、そんな日本とは比較にならないくらい、世界は動いています。そう、まさに「平和ボケ」の日本が、諸々「異質」になりつつあります。それが良いか悪いかという事を言うつもりはなく、それが現実だという事です。

 

イギリスでは、保守党が「大敗」です。まさに「大敗」しました。党首も辞任するしかありません。労働党が久々に政権を取る事になります。どっかの国のように「屁理屈並べて居座る」なんてのは、許されません。それが「政治」のはずです。

 

フランスでは「極右」政党の圧勝です。ここでも、現政権は「モノを言う資格もない」ほどの、負けっぷりです。

 

イギリスでは「リベラル」が勝ち、フランスでは「保守」が圧勝です。同じ「民主主義」の国家でです。世界的に見れば「権利主義」と言うか、ほぼ「独裁」の国が多数派です。既に5割を越え、民主主義国家は少数派となりました。

 

そんな政界情勢で、どうして政権が変わるか?と言えば、答えは簡単。「政権批判」です。簡単に言えば「今の政権には任せられない」という、国民の総意が表れた結果です。

となれば、これだけ批判されている自民党を「勝たせる」という国民の選択は、世界的に「異質」だという事です。これだけ騒がれているにも関わらず、次から次へと「政治を金」の不適切な問題が噴出する。自浄作用なんてのは一切ない。それが、現政権・自民党の本質です。

 

しかし、そんな自民党が「支持する」小池さんが「当選濃厚」だそうです。普通じゃ考えられません。たとえ「他の候補がだらしない」としても、だからと言って「今のままで」ってのは、許されない話・・・それが「世界の常識」です。

 

ヨーロッパの政変を見ても、今の時代は「行き過ぎた」と言うものに、国民の意思でストップされる。それが、本来は「当たり前」だったものが、より明確に出るという事で・・・争点が「移民問題」とか、日本では考えられないもので決まったりします。

 

日本はどうか?

あれだけ批判されている「政治と金」が、明確に作用しないのが「都知事選」のようす。しかし、マスコミ含めて「都民」以外は誰も興味のない「都議会議員の補選」。8補選だったか、これも同時に行われ、こちらは「自民系の全敗濃厚」だそうです。

一人二人は上がるか?と言われておりますが、どうにも厳しいようで、「都議会では自民を負けさせるが、知事では勝たせる」という、都民のダブルスタンダードで決着するようです。

 

何度も書いてますが、今の時代は「右だの左だの」の前に、国益に沿った政策を主張する、それが世界のスタンダードのようです。イギリスも、保守党が「EU離脱」を成し遂げた。これは国民の選択だった。しかしその後、保守党的政策、特に「民主的手法」では、国益が損なわれると国民が判断し、労働党の圧勝になった。

 

イギリスもフランスの、共通しているのは「外国人に金を使うなら、国民に使え」。全部ではないが、そういう発想が大きくなっている。アメリカでも「トランプ」=「共和党」は、そういう発想。なので、ウクライナ問題でも「そこまで支援する必要はない」と言う。あれだけ「世界の警察」を標榜してた国で、でも。

 

日本でも、例えば「中国人留学生」に年間140万円も「給付」している実態。これは「給付型の奨学金」という事で「返済の義務」はない。その結果だけじゃないが、現在「日本の大学進学希望」で日本の「予備校」に通う中国人が3000人を超えているという。それが悪いとは言わないが。

振り返って日本人には、未だに「貸付」で奨学金を出し、自国民の首は絞めている。未だに「金がなくて進学できない」であったり、コロナの時に話題になった「親の稼ぎが減って自主退学」なんて、先進国としては恥ずかしい事態が起こっていても、政府は支援しない。世界ではこういう事をすると、「政権が転覆する」という事。平等性の担保や、支援の拡充も、「そこまでやるのか?」と、国民は見ているという事だ。

 

今回も、きっと投票率は50%台いくかどうか。前回「500万人」の有権者が「投票放棄」を行った。勝った「小池」でも300万票台。400万は行かなかった、あれだけ圧勝しても、だ。簡単に言えば、行かなかった人が違う候補に入れてたとすると、小池は勝てなかった「計算」にはなる。

 

その受け皿を提供できない政党ってのは、最早「存在価値」があるのかね?

小池の一回目、自民党は「対立候補」を立てて戦い負けた。二回目の前回、対立候補を擁立しようと画策するが出来ず、その結果の「党としての方針」が、小池支援だった。こんなのが「まとも」かね? 敵のはずが、自滅して尻尾を丸めただけじゃないのかね。そして今回、「いりません」と嫌われても、「支援します」と、まるで「嫌われたキャバ嬢」に通い詰める「ハゲオヤジ」のごとく「抱きつき作戦」。敵だったはずだが・・・

 

小池も「都議会は伏魔殿」と言い放ち、自民党議員団と対立する姿勢だったが、いつもまにやら「仲良しごっこ」となり、要は「利権で結びつく」という、国会と同じことを繰り返し、今回は、更に上をいく「連合」まで取り込んだ選挙。主義主張も思想もなにもなく、みんなで「勝ち馬」に乗りたいだけ、醜い選挙。

 

これを「世界」でやったら、どうなるのか?

こういうのが「日本の良いところ」でもあった訳だが、この先どうなのか?

 

もうわかりませんね、政治の世界は。

なので、なるようになれって事です。特に「東京」に関しては「身勝手極まりない」振る舞いですから。

 

あの「東日本大震災」の時、石原都知事はいち早く「災害ゴミの受け入れ」を表明。結構な勢いで立たれたが「国がやるべき事をやらないなら、東京でやる」と、ひるまず行い、結果「16万トン」という災害ゴミを東京で処理した。

それは「困っているのを助け」だけでなく、「東京と地方は一体」という発想があったからだ。電気だって「被災地で作っている」のを自覚していたからだ。

 

尖閣でも「国がやらないなら東京で買う」と、行動を起こした。靖国参拝も「批判するほうがおかしい」と、毎年参拝を繰り返した。「公人?私人? どこで線を引くんだね?」と言い放ち、一切ブレなかった。中国を「志那」と言い続け、記者に批判されると、「地図にも書いてあり、中国国内でも使われている表現のどこが問題なのか?」と、平然としていた。

 

要は、右だの左だのの前に、日本国であり日本国民だってこと。周囲に配慮しってのは大切だが、今何をやるべきか?何ができるか?どう行動するべきか?という、明確な「意思をもって」行動する。

それが大切じゃないのだろうか? 前面的に「石原さん」を支持する訳じゃないが。

 

 

戦後、自民党内には「青嵐会」というグループが組織されたことがある。

ここが、何を主張し、何をやろうとしていたか・・・

知ってみる必要はあると思いますよ。良いか悪いかの前に、何を言ってたのかを。

 

そもそも・・・

自民党だって、自由党と民主党・・・右と左の「合併組織」であり・・・

自主憲法制定という、改憲が、結党時の主張じゃないの。

 

いつのまに・・・「まとまれるのは利権のみ」になったのかねぇ・・・