むちゃくちゃ傷ついたり、苦しかったりした時、立ち上がれないほどの状態になる事もあります。
そんな時は、自分なんて生きていても意味がないと思えますが、役に立たない事の方が難しいのです。
息してるだけで二酸化炭素吐いて植物は育てているし、ご飯を買うだけでも経済は回してしまいます。
役に立たない事の方が難しいですよとお話しする事があります。
それは今立ち上がれないほどの底にいる時の視点を変えるきっかけになりました。
では、それだけで良いのか?
それって究極のゴールみたいなもので、知ってしまうと私はとても退屈だなぁと感じたのです。
息してるだけで良いって言われても…
暇ですよね
だから、何もしなくて良いはダメージで立ち上がれない時には意識して感じる事は有効だし、自分の存在を大切にするという意味合いでは必要な気づきである一方、ずっとそれだけでは難しいというところなのです。
ある方の例えがとてもわかりやすかったですよ。
腰が痛いという患者さんに
湿布貼りましょう!っていうお医者さんが居たとします。
湿布貼るのは間違いではないし、痛みは和らぎますが貼るのを止めるとまた痛んできます。
また痛んできたら、湿布貼りましょう!とお医者さんがいう。
結局、腰の痛みの原因は分からずに、腰の痛みひとつでも様子を見たら治るものもあれば生死に関わる事の症状のひとつかもしれないのに。
辛い時やうまくいかない時に何もしなくていいは、この例えの湿布貼りましょう!と同じだよねという話でした
湿布を貼る(何もしなくていい、類義語にあなたはあなたのままでいい…などなど)だけでは、豊かさ(心身共に)には直結するとは限らず、下手したらずっと湿布を買い続けて場合によっては破産して、湿布すら買えなくなるという恐怖の仕組みです。
湿布も貼りますが、いつか湿布が無くても歩けるようになりましょう
何もしなくていいのではなく、何かをする事ができなければ寝たまま人生を終えていくことでしょうから。
…想像するとゾッとしますね
