いつだってロック!それは今でも変わらない。ロックは僕にとってガイディング・ライツだし、救いや希望でもある。ただ、僕を取り囲む状況は変わった。同じような音楽を聴いている友人は近くにいないし、ロックに強い思い入れを持つ人も少ない。聴かなくなった人だっている。それは悪いことではないし、あたりまえのことなのかもしれない。ただ僕は少しだけ寂しさを感じながら、それを見なければいけない。そして今の僕にとってロックについて語ることは、相互的なものではなく、たとえばこういう文章を書くことで一方的に発信することだと認めなければならないと思っていた。それでもロックがあればそれでいい、そう言い聞かせてもいた。
先日、いわゆる忘年会があった。とても楽しい会で、浮かれた僕は二次会で思いきってロックが好きだと言っていた人たちに「どんなのを聴いているの?」と尋ねてみた。楽しかった。ここ何年間もできなかったロックの話を、音楽の話をたくさんすることができた。同じ音楽を聴いていることもわかった。違う音楽を好きなこともわかった。ロックへの思いについてもかいま見ることができた。そして僕はとても満ち足りた思いに包まれていた。
次の日から僕は会話の中に出てきたあのミュージシャンやあのアルバムを良く聴いている。そして、それらの音楽が新しい色で輝いているのを感じている。
少なくはない年月を経て、少なくはない人々との出会いと別れをくりかえし、それでもなお、ロックは変わらずにそこにある。
あの夜に僕が感じた思いは、きっと今の彼らにはあたりまえのことなのかもしれない。まるで以前の僕がそうだったように、彼らは身近な人たちとロックや音楽のことを語り合っているのかもしれない。でも僕にはとても貴重なひとときで、彼らに心から感謝をしている。あなたたちのおかげで僕の中のロックはつもっていたほこりを払うことができた。ありがとう。チャンスがあれば、また話をしよう。それまでKEEP ON ROCKIN'!!
西澤の新作。出だしは結構に魅力的である。主人公がある写真展で自分を撮影している写真を見る。するとそこには主人公と同じ文学部にいた女子生徒が写っていた。しかし、その女子生徒は撮影の数ヶ月前に死んでいたのだ・・・。
西澤なのである意味、オカルト的な解決もありと思っていたが、この謎の解決は現実的なものである。しかし、本来的な謎はそこにはなく、女子生徒の死の真相にある。前半(というか中盤過ぎまで)はまるで青春小説のような展開で進んでいくが、後半に展開される推理合戦はなかなかにおもしろい。ちょっとシャーロック・ホームズの「不可能を消去して、最後に残ったものが如何に奇妙なことであっても、それが真実となる」を思い出してしまった。
それから違うかもしれないが、表紙のデザインといい、冒頭の謎のピックアップといい、都筑道夫を思い出した。西澤は都筑を尊敬していたからひょっとしたらという可能性はあるかも。
格闘技の後輩が結婚をした。今年二人目である。律儀な後輩なので、二人とも僕まで披露宴に招待してくれた。二人の幸せそうな顔を見ながら、僕は二つの披露宴に共通しているあることについて感慨にふけっていた。それは・・・招待客の柄が悪い(笑) なにせ二人とも格闘技系の知り合いをそれなりの数招待している。で、そいつらがもともとの柄の悪さに加えて、披露宴用の衣装を身にまとっているものだから、何者だこいつらは的な感じだった。ま、僕は知り合いでもあるし、外見ではない中身の方もよく知っているので、ほほえましく見ていられたのだが、新郎の両親、新婦の両親の気持ちやいかにという感じだった。ただ付け加えるなら、二つの披露宴、これまで出席した中でも群を抜いて楽しいものだった。