連日の報道に目を見張るものがある、STAP細胞の記事。報道は、「山中先生のiPS細胞と並び称される」、「若手女性研究者が躍進している」などを理由に、本当にもてはやした。ところが、論文のミスから始まり、共著者からの論文撤回の呼びかけが出る始末。 はっきり言わせてもらうと、論文撤回や、学会発表キャンセル(学会申し込みをしておきながらキャンセルすること)は、研究者人生として命に係わる。このようなことをしたら、まず研究者として生き残るのは不可能となる。(と私の指導教官からはきつく教えられた)挙句の果てには、小保方博士の博士論文がコピーだったという話まで持ち上がってきた。英語が不得意な学生がよくやる手だが、あるサイトによるとその酷似率が半端ではない。もはや、研究倫理に関わることになってきた。研究倫理感は、学生時代の修士課程、博士課程に培われるものが多い。そこで、ちょっと調べてみると、指導教官は、常田聡早稲田大教授と記載されてあった。そこでどのような指導が行われていたのだろうか?私が修士、博士のころは、それは厳しく研究者としての倫理観を叩き込まれた。データの解釈が少しでも違うものなら、「そういこれもコピペです。う解釈をして、誤解を招いたらどうするんだ!!?」と罵声交じりで叱咤されたこともある。つまり、研究者にとって、データとは”命”であり、データ解釈はその人の研究者としての”脳みそ”ということになるのである。しかしながら、研究者としての倫理観は、実はその研究室の主催者によってまちまちである。それまでもが、研究者としてのスキル、といってしまったら、それまでだが、修士課程、博士課程において、それに対するカリキュラムが規程されていないこと自体、日本の大学院システムは非常にやばいということになる。一方、一部の大学(私の出身校も含め)では、欧米のDefenseと呼ばれるようなことを少なくとも博士論文では行っている。なぜディフェンスというかといえば、博士論文のあらさがしを行った主査の教授や副査の教授から質問(批判)を浴びせられることに対して、理論的思考によって弁護していくさまが、まさに”弁護・防御”であるためである。そして、それを通じてデータの信ぴょう性を再認識していくのである。私個人的には、Defense以上の厳しさはこれまで味わったことはない。博士論文では、そのような精査のもとで行われるのが重要である。コピペなどあり得ないのである。さて、小保方博士のみならず、常田先生も今後どうしていくのだろうかね?
はぐれ化学者のつぶやき
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