こんばんは〜
ここ最近は梅雨と台風ですね🌀
地震も被害は無いものの
かなり揺れて怖かったです
前のブログに書きましたが
人生の折り返しだったのもあるし
最近YouTubeで人生グラフを話している方を多く見たので
私も真似して作ってみました
まずは
生まれてから
まずは、生まれる
逆子だったので、帝王切開で生まれる。
両親にとって初めての子どもだったので
可愛がられて育てられてきたのが
アルバムを見ると分かる
生まれながらに股関節脱臼で装具を付けられていて
きっと親は心配しただろうな〜と
今、無事に何事もなく歩けるので早期に治療してくれて感謝しています
そして、転機は2歳の年末に弟が生まれたことだ。
というより、弟を出産することで預けられた親戚の家で、従兄弟にぶったり蹴ったりされる。
これが、私の人格形成のひとつの大きな出来事で
こんなに辛いのに母はもう弟に夢中で
突然構って貰えなくなる
アルバムを見ると
2歳の11月の七五三の私は最高に可愛くて
母も私のピークはここだとよく言われていた。
その後弟が生まれてからの私が
可愛い顔で写真に写ることもなく
今でも続く卑屈な性格が完成した
従兄弟からの暴力がなければ
こんな性格じゃなかったのかなと
自分の1番幼い記憶がこれなので……
思い出すと辛い
幼稚園に入ると
これまた、何一つ面白くない
友達も居なかったのかな。
運動に力を入れてる幼稚園だが
私は鉄棒も怖いし走るのも遅い。
絵も下手だし、お勉強もよく分からないし
先生も怖いし、給食は不味いし……
本当につまらなかった
言い訳かもしれないけど
3月生まれだから
背の順も一番前だし
何にもできないのも仕方ないと今ならそう思える
小学校入学
1年生の担任は怖かった。
家が近い女の子と一緒に通学するが
とっても大人しい子で話が噛み合うことはなかった。
勉強も出来ず、運動も出来ずで辛かった。
2年生の担任は優しい男の先生だった。
ここで、少し勉強も分かるようになってくる。
きっとこの先生の教え方が上手だったのかな
3年生のタイミングで
父が海外に1年間出張してしまう
私は父と仲が良かったので
とっても寂しかった
でも、この時の担任の先生が
大学卒業ホヤホヤのめっちゃイケメン先生

今でも顔を鮮明に思い出せる、爽やかイケメン

私は父が1年間いなくて寂しいというのを先生も知っていたので
気にかけてくれて、沢山話しかけてもらったような気がする
ここで、親友となる子とも出会い
放課後一緒に遊んだりするようになる
物知りな親友は魅力的で、一緒にいる時間がすごく楽しかった
(親友とは中3まで仲良く、結婚式の時にスピーチしてもらうくらい1番仲良しでした)
勉強面は全く身につかず、家に帰れば母に怒られる日々でした
4年生も担任も親友も同じクラスで
それなりに楽しかったし
父も出張から帰ってきて
家も平和になる
5年生の担任は今まで出会ってきた中で1番嫌いな人
えこひいきが凄くて
私のことは嫌いだったんだろうなと……
そして、頭の良い子にしつこく付きまとわれ束縛される。
6年生になっても状況変わらず
もっと酷くなっていく

私は他に友達ができるが、
束縛女の束縛がさらに酷くなっていく
塾に行き始めると
そこで好きな人が出来る
後に同じ中学校になる隣の小学校の子。
さらっと無自覚に優しいスポーツ少年だ
とりあえず、ここで一区切りにしようかな。
私、弟が生まれてから
小6までほぼほぼ楽しくない日々だったようです
何をやっても人より劣ってることが辛かったし
だからといって努力もしてないし……
習い事のエレクトーンや英会話も
全然楽しくないし練習してても母に下手だと怒られるし……
祖父が書道の先生だったので習わされていたが
全く字が上手にもならず
今でも字が汚いのが、コンプレックスなのです
小5から始めた合唱団は楽しかったな。
私のことを知ってる人がいなくて
50人くらいの6歳から15歳くらいのメンバーの中に入っていって
色んな曲を歌えたのが楽しかった
気分転換って感じ?
それでも、心から楽しいなんて思うことは
ほぼほぼなくてどんよりとした日々を送っていました
今、その時の私に一言声を掛けられるとしたら
「よく耐えた!!えらい!!」かな
こっからは、急に楽しくなるから大丈夫だよ〜
って
教えてあげたい