ワクチンの開発願う四万六千日   金子未完

3・4・5月自粛・自粛・自粛でした

街の様子もだいぶ変わってきました。 

煙草屋の娘美しき柳かな  寺田寅彦

「風」に「柳」などといって新型コロナウイルスを侮ってはいけません。

寺田寅彦が「天災は忘れた頃にやってくる」といったが、疫病神も忘れた頃にやってくる。今から一〇〇年程前一九一八年から一九二〇年のスペイン風邪のデータによれば、全世界で患者数約六億人。これは、当時の世界人口の四分の一程度に相当する。つまり四人一人は感染している。しかも約二千万から四千万人が死亡した。ウイルスは、死神となり人類に迫っていたようだ。

日本においても患者数がなんと二千三百万人(当時の人口五千万人)、つまり二人に一人は罹患していたことになる。そして死者三八万人といわれている。

現代においても、インフルエンザは、年間二千万人は罹患しているといわれている。何故大流行しないかといえば、ワクチンの接種だ。日本では、ほとんどのワクチンは皮下注射による接種であり現在インフルエンザワクチンの日本人の接種率は、五〇%前後で横ばい。最も接種率が高いのは韓国で八二,七%。続いてメキシコが八二、三%、英国が七二,六%だそうだ。今年新型コロナに罹患した人は、今のところほんのひと握だ。

「疫病退散」は、古来よりすべての人の願いだった。花火大会のルーツは、八代将軍徳川吉宗の時代一七三二年に遡るといわれている。大飢饉とコレラが流行して江戸で多くの死者が出て、大川端(現在隅田川河畔)で催した「川施餓鬼」(死者の霊を弔う法会)で花火を打ち上げたのが、最初であった。その隅田川や各地の花火大会が中止だという。皮肉なことである。

患者らの横臥すままの遠花火  石田波郷

石田波郷(一九一三年~一九六九年)は、戦時中召集され、山東省臨邑に駐留した一九四四年に左湿性胸膜炎を発病し、一九四五年一月に博多に帰還し、六月に兵役免除となるが、病気が再び悪化し、以後手術と入退院を繰り返しながら、俳人としての仕事をこなす日々を送り、五十六歳で亡くなった。病床で横臥すまま遠くから聞こえてくる花火であったが、肺の病を一時忘れることが出来たのであろう。結核は、不治の病であったが、治療薬が開発され、現在では治療出来るようになったといえ、いまだ予断を許さぬ病魔だ。

一輪の花となりたる揚花火  

山口誓子『大洋』 

この句は一九〇一年十一月に生まれた山口誓子が、亡くなる一年前の夏の一九九四年(平成五年)神戸の夜空に「一輪の花となりたる揚花」を詠んだ句である。揚花火は、混ぜ合わせる金属の種類によって、様々な色合いの火花を醸し出すことが出来る芸術品である。思い出は美化されるというが、夜空を彩る揚花火を見て誓子は、どんなノスタルジーに浸っていたのだろうか。

誓子は、九十代になっても俳句に勤しみ「天から授かった人生を全うした」充足感に浸っていたのではなかろうか。誓子は、翌年の一九九四年(平成六年)三月二十六日、呼吸不全のため九十二歳で、神戸市内の病院にて逝去した。

誓子といえば、新興俳句の旗主として活躍したことで有名であるが、東京帝国大学在学中の一九二三年(大正十二年)高等文官試験への勉学の無理がたたり、二十三歳の一九二四年(大正十三年)十月.肺尖カタルにより大学を一年間休学し、兵庫県芦屋市で療養生活を送った。

誓子の患ったのは、肺の病で、肺尖カタルという厄介な病であった。そして一九三五年の四月、急性肺炎で重態になり、その後も静養をくりかえしている。

露更けし星座ぎっしり死すべからず

山口誓子『星恋』 

一九四一年には・結核肺炎などの後に発症する胸膜炎になり、一九五三年まで十二年間三重県四日市や鈴鹿市など伊勢湾の海辺で療養を続けた。この句が収められた『星恋』のあとがきに「昼は伊勢の自然を見て歩き、夜は伊勢湾にかがやく星を仰いで、星の句を作っていた」という。

結核は、長期間病魔に苛まれる病であるが新型コロナは、五日から七日で重篤な症状が出る速攻型の感染病らしい。最初は普通の風邪症状(微熱、咽頭痛、咳など)であるが短期間で、重症化するリスクの高い老人や持病のある人にとっては、難治性の感染病であるという認識を持つことが重要だ。呼吸不全に陥りやすく、集中治療室で、人工呼吸器の装着も必要となる。とにかく、ワクチンを接種するまでは、油断しないようにしなければならない。それが、本人のためにもなるし、社会のためにもなる。

炎立つ四万六千日の大香炉    水原秋櫻子

升で米一升図ると、米粒四万六千粒にあたるとあって人間の「一生」と米「一升」と意味をかけ合わせている。米一粒を毎日食べると、百二十六年になり、人間の寿命の限界に相当するという計算になる。江戸時代に定着した行事で、七月十日に浅草寺にお参りすると「一生」分の「功徳」が得られるという縁日だ。だが油断すれば、新型コロナウイルスという疫病神はやってくる。「炎立つ」「大香炉」に祈るしか病魔に勝つ術はない。

尺貫法で「米一升」を図ることを知らぬ人ばかりだ。まして「四万六千日」の逸話など知る由もない。新型コロナウイルスから逃れるためには、ワクチンが出来て、接種しない限り保証はないと思った方がいい。病魔から逃れるため三百六十五日+アルファ。「ああ」仏様救い給えと祈り自宅で、私どもは俳句を勤しむしか術はないようだ。

ワクチンの開発願う四万六千日   金子未完