T海上さんへ乗り込んで担当融資課長との面談が叶った。

 

もちろん初訪では「検討します」を予期はしていたのだが、、、、。

 

担当課長曰くこう切り返してきた。

 

「そんな話は有り得ない。私がコバタさんと面談し、決済したもので有りそんな事実は認めませんし、承認しません」の一点張りである。

 

「とはいえ一応、上申してもらえませんか?中々課長さん一存では難しいでしょうし」

 

「いえ、私の一存による決済権限内の事案ですし、私がコバタさん個人に賭けて決済したものです」

 

確実に読み間違えたのだ。1億の投資決済が課長権限で出来るとは…さすが天下の「Tマリン」最後まで減資の承認は得られない事になってしまった。

 

この先の手筈としては、T海上始めもちろん全ての減資分を買い取る事が出来た場合にのみ投資家は減損処理が可能となり、倒産や事件処理から解放されるのだ。

 

そして何よりもその後の安定経営には一定の増資が必要にもなる。これらの再生手法は大企業でも中小企業でも変わらない。

 

アタボックが、一応月次収支は辛うじて黒字であるのは、既に大幅なリストラと無用な送金が出来なくなっており、既存取引先は主に北川の手の内にある。どの程度の増資が必要かは次の社長の判断であるし、社長がオーナー(支配株主)になるのが最も良い当面の対策であろう。

 

北川は株主総会(主に委任状)対策と共に資金作り対策が出来るかどうかが再生のキーワードとなった。

 

ペンデイングのT海上さんからは、何度も事情説明に河野が訪問し、何とか株主総会前日に承認と委任状が到着した。敵ながら気骨のある天晴れな課長さんであった。

 

かくして、ほぼ委任状で臨時株主総会はコバタ社長(欠席)の退任と北川新社長の信任及び窪田の取締役新任及び99%減資が承認された。専務の久坊は前社長との通訳、引継ぎ業務もありそのまま留任となった。

 

まだ、大きな山がいくつも残っている。

 

先ずは海を越えての大交渉である。事前に北川への社長交代は久坊経由で承認を得てはいたが、実はコバタの国籍は米国にあり、かつ「米国アタボック」はボストンで今日も生きているのである。

 

米国アタボックは全く別法人であり、本来は日本アタボックにソフトの利用権を支払う立場にあるのだが、現実は逆送金があったと言う。ちなみに河野はアタボックの一切のキャッシュフローも財務状況にも関知していなかった。故に逆送金の有無や米国アタボックの状況、恐らく米国においても同様に投資資本が費消されてしまい、そこで止む無く日本での再生を目論んだのではないか?などは想像の域を出ないのだが、コバタに詐欺や流用の紛いがあるのかどうかなども知り得ないのであった。しかし仮説での交渉がポイントとなる。初対面での難しい交渉であることは間違い無く、綱渡りの渡航に違いない。

 

河野は1泊3日の強行軍でボストンへ向かった。ボストンへは初めてのフライトだった。

 

幸いにも通訳として久坊専務が別便での同行となったのだが、彼ともボストンの某ホテルのロビーでの待ち合わせである。恐らく彼は1日先入りして打ち合わせ済みであろう。

 

聞くのみである「カリスマ怪物社長」とはどんな人物であるのか?

 

ついに電話ですら会談する機会は無かったが、北川ですら面と向かっての会話を逡巡する程のカリスマ的人物だと聞いている。退任が決まったコバタに何を交渉に行く必要があったのか?