「よし、北川君やろう。これは事業再生では無くM&Aになるかも知れんー。俺はNPサイドへの確認訪問とコバタの意思確認を久坊経由でやって見るよ」

 

少なくともこの会社には世界特許という大きな資産が8つもあるのだから、河野には価値は全くわからないが…

 

河野にとっては交渉相手が全て息子の様な年齢で、かつバリバリのキャリア連中の相手は経験がない。大きな不安を持ちながらも、それが自分の第二キャリアにもなりうる案件としてのめり込んでいくのに気付いていた。

 

河野が初めてNP証券を訪れたのはその一週間後であった。一つの勝負をその自らの第六感から切り出すつもりであった。

 

「北川の親代わりでもある河野と申します。実はアタボックには実の息子もお世話になっていた経緯もあり、多少の金融事業にも経験がありまして、宜しくお願いいたします」

 

そして一気に以下の確認と注文を提言した。

 

「先ず、この企業は既に「詰んでいる」案件だと思いますが、もし再生出来る手立てが打てるとすれば、北川を継承社長にするという事でよろしいですね」

 

「次にコバタ社長には直接ボストンまで行って事態の説明に行って平和裡に辞任し、北川を後継で行く言質を得て来るつもりですが、ご了解頂けますか」

 

ここまではお手並み拝見のご挨拶であったので、全く問題なく承認となった。しかしNPサイドも半信半疑であったことも事実である。

 

「ご承知の通り、コバタは未だ事実認識を肯定せぬまま、ボストンへ逃げ込んでおります。NPさんとしては最悪の場合のシナリオとしては彼を訴追せざるを得ないと思うのですが、如何でしょう」

 

NPサイドは苦り切った様子で

 

「シナリオとしてはその準備もしております」

 

「もし平和裡に彼が日本での権利を全て放棄して降りることと米国での再生の道を認めて欲しいと言った場合、了解してやってもらえますか」

 

「河野さん、全てがうまく言った場合に限りという事になりますよ」

 

「もちろんです。私がNPさんの意のあるところを受けて久坊を連れてボストンまで行ってきますので、所で言いにくいんですがアタボックの再生はあっても既に資本の毀損はほぼ100%と推定していますが、当然減資せざるを得ないですよね。その場合99%減資でも企業存続の方を選ぶ事でいいでしょうか?」

 

「いや、それは他の株主さんもいる事ですから一概には…」

 

河野はすかさず「そうですよね。でもNP証券さんはグループでアタボックの支配株を所有されていますし…ではその他全株主の同意が取れる事を前提に企業存続を優先させる事でお任せ願えますか?」

 

「分かりました。前向きに検討してお返事させて頂きます」

 

「出来るだけ早くお願いいたします。その他の皆さんにも説明に伺わざるを得ないんで…」

 

河野にはある思惑があった。この様な案件は何とか事故ではなく減損処理で済ませたいのが、NPサイドのサラリーマン役員の習性であるはずだ…。しかし、この思惑は後で大きく手こずる事態も生んでしまうのだが…

 

先ずは順調にNP証券との交渉は進展した。

 

そして翌日にはNP以外の全株主及びエンジェル株主には北川から説明同意を取り付けて欲しいとの回答が北川へ入った。

 

北川とはもちろん打ち合わせ済みであり、都合によっては当面の運転資金程度の増資がいるけど、その準備もしておくようにと話し合ってはあった。

 

約10社株主への事情説明は主に北川の役割としたが、T海上だけは河野が赴くこととした。元同業界でもあり、多少の信用も得られるであろうと考えての事であった。サラリーマン企業の属性が働くと読んだのだった。

 

北川サイドのその他投資家は概ね事情説明で「止むなし」となったらしい。