まだアタボックの現役社員である北川は殊の外多忙で有り、会談は何日にも及び夜中から朝まで続くことになった。
河野はD火災を退職後、中小企業専門のコンサルを標榜し、既に3つほどの事業再生にも関わっていた。
基本中小零細企業の行き詰まりはオーナーの過信と我儘に寄ることが多い…というのが それまでの河野の実践感覚であった。即ち、大半の倒産の原因は社長の公私にわたる支出超過で起こるのだ。
従って社長が黙って退陣し、代わってオーナー代行がボランテイア(無償)で社長を兼務して再建を目指せば、一旦にせよ必ず事業は立ち直る…というのが中小企業であり、少なくともそれによって行き場を失う従業員は救われるという持論が河野の持論として出来上がっていた。
その際、問題は一旦救済された事業を誰が新社長として引き継げるか?にかかっている。
中小企業の場合、整理整頓までは出来ても中々従業員の中に社長を受け得るだけの人材は育っていない。とはいえ外部からの招聘ではまたぞろコスト高になり、その負担に耐えられなくなりかねないのだった。
この様なノウハウは河野の現役時代の知恵が役に立っている。
彼も現役損保時代には多くの倒産企業を見てきたが、通常なら当然企業が倒産すれば、その企業の管財物件の保険契約も失効せざるを得ないので保険売上も減少してしまう。
しかし本来はその管財物件の資産価値は消えていないのだから、誰かがその物件のリスク管理をせざるを得ないのである。
故に河野はある面ピンチを諦めずに再生の手法を見出せないものかと考えてみる癖が昔からあった。いやただ彼は、誠に癖の強い損保マンであったとも言える。
話を戻して北川との打合せである。
実は、北川とも彼の現役時代にそんな経験を共有し、彼と共に事業再生の手伝いをしたり、又彼への指導の一助にしてきた事がこんな巡り合わせになったのかも知れない。先ずは北川自身がアタボックの将来性をどう考え、評価しているか?即ち代表者としてでもやりきる覚悟はあるのか?
この答えは、おそらく彼が相談を持ちかけてきた事、またこの事態になるまで彼がアタボックに残留していたことからして想像はついた。答えは環境さえ許せば「イエス」である。
…とするならば支配株主の意向が全てであるが、支配株主はNPグループのみで間違いないか、その他すべての株主ともしっかりと掌握しなければならない。
次にあくまでもIT技術会社であり、アタボックの原点掌握を出来る人間との二人三脚が可能か?
最後にアタボックの当月現在の月次収支のバランスは取れているかどうかの確認である。
何よりも彼はNPグループの意向確認を取る必要があるが、先ずはアタボックを代表するお墨付きをもらう事を優先し、可能かどうかを聴けば良し。…となった。
「同時に河野というコンサルの説明と面談許可をもらっておいてもらいたい。親同然の元上司と言えば、北川への信頼が取れれば同時にOKとなると思うので…」と踏んでみたが…。
北川は翌日、朝一でNP証券に入った。
先ずは「事態収拾のため自分をNP証券社の意向を託する者とのお墨付きを頂きたい。ついてはアタボックの代表としてコバタに帰国の意思無く、当面専務の久坊がアタボック側の代理として立つ事」などを確認してみた。
NPサイドは予想通り
「何とか再生させたいがコバタの続投だけは有り得ない事、理由として彼は十分に背任、横領の可能性まであり、場合によっては訴追の可能性まで準備している」
などを教えられた。
ここまでは相談した河野と北川2人の筋書き通り、、、。北川はアタボック社の現役社員でもあり 、久坊、NP両者の確認には河野が入る事でNP社の同意も取り付けた。
久坊経由でコバタへも了解を取り付け、コバタの代理としては久坊が立つ事となった。北川からの報告ではNP社からは
「もし事態収拾が可能となった場合には北川さんに社長をお願いしたいと思っていますので、宜しく」とまで言われたらしい。