まだその頃は彼の起業した会社は健全な保険エージェントとして存在していたのだが… 。彼からもコバタの異常さなどをぼやき程度にはよく聞く様にはなっていた。むしろ積極的に相談を受けたりもしたきっかけは、偶然にも河野その頃D火災を「我儘退職」して余裕時間があり過ぎたのかもしれない。

 

余談であるがこの退職もちょっとした事件になっていた。

 

社内では「あの河野さんが?経営の真っ只中にいたはずだけど…」

 

「いや、酒だ、女だ、実は新社長と大げんかしたらしい」と大騒ぎだったのだが、理由はふとした出来心でしかなかった。

 

同期の社長を担ぎ上げた時点で役割が終わった様に思った単純な動機でしかなかった。新社長とその奥方から説得に似たお叱りも受けた。その頃は2人の連れ合いもゴルフにはまりつつあったのだ。

 

「亭主を担ぎ上げて梯子を外すのは許せない…」と。どう説明したのか全く覚えていないのは、やはりさしたる説明理由がなかったのでもあろうが、新社長の奥方に最後に「「男の美学」という事ね」…と言われて 自らも「その通り」と逆に納得したのであった。

 

横道に逸れたが、これが河野がこの案件に深く変わる事になる要因ともなった。

 

話を戻そう。

 

アタボックにマイクロソフトから株式購入のオファーが来たという。その額20億円ー 。

 

勿論?コバタ社長はそれをにべもなく断った。

 

「自分はあの「ビルゲイツ」を必ず抜く事を確信している。必ず全てのインターネット通信はアタボックを通じて通信せざるを得ない時代が来るのだから…。」

 

その確信に近いコバタの公言は果たして何処まで真実であったのであろうか?恐らくこの頃にグーグルやマイクロソフトとの業務提携でアタボックの技術を共有する選択枝はあったであろう。

 

コバタの「自信」はやがて来るインターネットの世界の「独り占め」が可能なゲートウェイとしてアタボックを創設した事に違いない。

 

しかし、一方で日本での営業活動の進展は遅々として進まない。インターネットからの情報漏洩が社会問題化しつつある時ではあったにも関わらず…

 

コバタの先を見込んだ先行投資と解釈すべき浪費グセは、その後も治る事はない。エリート社員達の人件費だけでも莫大なもので馬鹿にならない。営業が思うように伸びない中で、アタボックのバランスシートは悪化の一途を辿るしかなかったであろうことは想像できる。

 

しかし、この事態を警告するものは無く、また真に米国アタボックを含めた財務事情を理解するスタッフも居なかった。

 

君臨するコバタの「檄」は日に日に増して行くが営業の成果は現れない。その最たるものが直販体制による利益の独り占めを信じて疑わなかった事による見通しの甘さにあり、一つはその技術力をIT業界の実情に合わせて行く柔軟性の欠如にあった事も推察される。明らかにコバタの経営戦略は失敗していた。高給で待遇する営業系社員が、徐々にアタボックとコバタを見限って退職して行く。

 

それぞれのキャリアは十分に次への転職のパフォーマンスを有しているものばかりであった事も大量退職者が出る大きな理由ではあっただろうが、既に人件費負担に耐えられる余裕は無く、それを社長は止むなしとせざるを得なかったであろう。

 

北川は様々に心配しつつも持ち前の営業力に特化して頑張って行くしかない。アタボックの技術力は 彼の同僚で最も信頼できる天才技術者窪田のお墨付きがある。 北川は1人「背水の陣」の覚悟を引いたのは窪田の技術能力への信頼からくる彼なりの判断でもあった。