昨日の日経夕刊トップで、「上場会社の年間監査コストの平均が3億を超えた」と大々的に報道されていた。
一方で国内監査法人がずいぶんとコンプラ違反でつぶされていく実態もある。

中々一般には理解しがたい現実であるが、アメリカ式会計の導入以降、資本の横暴を規制する為のコンプライアンス理論は誰一人否定できないまま、今日に至っているわけだ。
(アメリカでは、会計基準のルール変更で企業防衛が始まりつつあるのだから困ったものだ)

あらゆるものが、米国ご都合主義の産物である。
マンハッタンを日本が買い占めた際の後遺症は、今だ「戦後は終わらない」状況といえる。真珠湾攻撃の際の日本の驕りと似た当時の経済のミスリードに端を発している。

コンプライアンス対応はコンピューターに集約されていく。
すなわちIBMの力なくして、コンプラ解決は不可能となりつつあるのだ。我が故郷の損保業界においても、おそらく国産コンピューターでの保険システム企業が無くなることとなるだろう。
残念ながら、それが効率化と世界規模の金融マーケットへチャレンジする業界再編の答えと考えざるを得ない。

10円を競って、営業を続けてきた(青春時代の)わが身にとって、合併時に知り得たシステムコストの膨大さは、コンピューターは怪物と化し、(事務処理マシーンなどではなく)それを維持する為の必死の「竹やり営業」でしかなかったことに気付き、むなしさを覚えたものだ。
(大福帳と人手で事務処理など可能なはずだ?と本気で考えたものだが・・・・)

今、保険の原点に戻り、商品開発にチャレンジして気付くことは、やはり行政指導とコンプライアンス対応に尽きるのだ。
半値で売れる商品を完成させてみたものの、次々と事後発生するコンプライアンスの縛りは、行政との法律解釈論であり、コンプライアンス上の戦いとなる。

優秀な官僚(ノンキャリ)が一生懸命に対応してくれる。
だが、彼らのコンプライアンスは法律書を片手にしながらも、霞ヶ関であり、もう一方での人情であったりするから困リものである。
已む無くこちらも人情と努力で今日も明日も当局へ出向かざるを得ない・・・・。

天才キャリアたちが、安月給でこの国を創ったことは承知している。
天才スポーツマンたちが巨万の富を稼ぐ事には何の抵抗もない。
問題は、キャリアとノンキャリアの相互扶助体制がこの国を創ってしまったことではないだろうか?
(天才キャリアのみが、巨万の富を得ても大した額にはならないのだが・・・)

天才キャリアたちは、そんな事実が見えなくなっているのだろう。
プライドだけはは今だ捨てず、世間知らずをものともせず、この構造の中で守られる多くの利権が無駄を呼んでいる実態にきづくべきなのだが・・・・。

コンプライアンスの美名の下、奪われる国力も間違いなく米国からの付回しである事に、天才たちが気付くことを祈りたい。

そして新政権の下、今一度この国を作り直すのも天才キャリアたちの力以外には無いのだから、あきらめずに自己反省の上に立って、(職場放棄等せずに)真実を見つめてほしいものだ。