もし生まれ変わっても必ず君に逢いにゆく。
例え同じ悲劇が起こる事を知っていても。
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2008年夏
旅行誌出版の新規事業の立ち上げが順調に進み、東京本社から全国に支店展開を始めていた時に
僕にも北海道エリアの事業責任者として札幌への栄転辞令の話が舞い込んで来た。
とは言っても新規事業のため、3ヶ月という短期間でマーケティングを行い、上手くいけば
本部から人材を投入いていくという物で、下手すれば空振りで東京へノコノコ帰って来なければ
ならないというビジネス業界によくあるチャンスとリスクの表裏一体の業務であった。
特に東京嫌いの通勤ラッシュに嫌気が差していた僕は全国展開の話が聞こえてきたタイミングで
生まれ故郷の仙台か札幌の新規開拓を日ごろからアピールしていたので、願ってもいない話であると
同時に、自ら周知させていたモチベーションをプレッシャーに感じていた。
しかも札幌への異動は一人。
札幌には元々グループ会社の事務所があり、そこを間借りするというものだった。
9割外出のこの業務は、周りは知らない自分のサボリ癖との戦いも同時始まる。
夏の北海道はリゾート地。
そんなイメージが自他共にあり、しかもこの旅行関連の業務とくれば、本人に意識は無くても
周りから浮かれて見えるのは当然である。
カリスマ社長が率いる実力主義のベンチャーにありがちなファミリー企業だが
実績を積めば、ただ入社が10年先だった上司でも役職を抜くことが出来る。
入社4年目の自分も立ち回りは上手く、旅行業で北海道のマーケティングを
一人で任されるくらいだから昇進は早い方だろう。
2度と東京には帰らない心算で羽田に向かい、たかが4年しか過ごしていない地に
まるで田舎からミュージシャンを目指して上京する様な想いで、東京本社のある渋谷の方面に向かって
一礼をし搭乗口を後にした。