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希少価値である、貴重な「ダイヤモンドの原石」は、
鉱山から掘り出した最初は他の多くと変わらぬ単なる黒い岩の塊であっても、
磨き始めた途端、その硬質さは他を寄せ付けず、辺りをはらうほどに美しく秀逸に光り輝き始めるという。
それ以外の大多数の岩の塊は、いくら念を込めて磨こうが、石は石ころで。
そのまま必死に磨き続けたところで、ある物は脆く真っ二つに割れ、ある物は粉塵と共に砕け散り、
跡形もなく虚しい砂利に変わり落ちていく。
これが単なる「無価値の石」の末路。
儚くもマガイ物に希望を託した採掘者たちは、限りある人生の捧げが全く無為に消えたと突き付けられて。
その、哲学にも似た「ダイヤの真実」に、毎日毎分向き合い葛藤し続けるという。
シドニー・シェルダン氏のベストセラー小説「ゲームの達人」の中の一節にも、そうあったっけ。
人間も、鉱山の石と同じなのかもね。
ほんの一握りの限られた本物のダイヤモンドの原石だけが、磨かれるごとに才気美しく益々キラめき、
価値のない多く者は、いくら長い年月を重ねようが、ダイヤへの幻想と自らへの不遜な過信とは大いに隔たり、
堕ちた本質は本質であり、人格腐り果てたまま。
所詮、石は石。 偽は偽。 腐蝕は腐蝕。
突然、駄石が本物のダイヤになることなんて、決して起こりえない。
‥それこそが、万理を貫く自然の摂理なのだから。
その事実を改めて再確認した、さきほど。
今週末からが本格的な天王山かもしれないな。
暗黙に継続し続けられて来た、陰湿極まりない不条理との闘いの。
いくら最後のあがきと、ただただ醜く老害が浅薄な感傷劇を演じようが、
赦されないものは赦されないし、理に情はもはや介在されない。
道理と倫理のロジックがすでに腐り破綻した、保身と虚偽の人間情況に関しては。
ワタシって、キラキラ輝く透明なあのダイヤのキラめきが、やはり何よりスキみたい。
リングやブレスレットの可愛いアクセサリーはもちろん、ヒトの心根においては、とくに。。

