今日の午前に、このブログの木村さんのスカイプセッション受けてみました。
一見チャラいようですが(失礼!)
過去のセッションの紹介の様子を読んでかなり面白かったです。(テーマ:御紹介 セッション感想 )
たまにほかの人の見解に触れるのは新鮮です。
笑ったのが、
私自身の能力(サイキックなもんとか?)を開発していくのもひとつの課題だみたいなことを言われ、
うわ~、それはわたしが避けてきてること!と思って笑ってしまった。
めんどくさいこといやなので。
チャネラーとかアカシックレコード読む人とか、サイキックな人とかにはよく、自分でわかるはずとか言われることが多いのですが、
あんまり分かりたくないし知りたくないという気持ちもあり。
と言うか、正直に言うと、もののはずみで瞬時に数時間サイキックバリバリと言うか全知全能状態になってしまったことがあったので(サイババに頼んで元に戻してもらった)、
時間や労力をかけて開発する気が起きないというのが正解なのかも。
でも人の役に立つような形に能力を発達させる、そういう、役立てるためのテクニックとかはまた別なのかも。
透視カウンセラーの風至さんにも 近いうちにそういう能力が開くかもみたいなことを言われ、
「でも興味ないですから」と私が言ったら
「そうかも」と彼は言っていた。
セッションの内容は時間があれば字に起こしてここに載せるかもしれませんが。
なんかのんびり暮らしてるんですがやることはいくらでもあるかんじ。。。
セッションが終わったあと、眠くなって2時間くらい昼寝しました。
起きたら頭がずきずきしてましたが今はそうでもないです。
今思い返すとセッションの内容はきれいさっぱり忘れたのですが、(一応録音してあるので聞きなおせます)
セッションの内容がどうのと言うのとはまた別に、私の情緒の安定にはなんだかすごくよかったように思います。
セッション前に何度かメールのやり取りがあったのですが、
木村さんからメールが来るタイミングが異常に絶妙で、セッション前からいろいろ始まってる感じは強かったです。
それが何なのかはよくわからないけど、
たまにそういうことがあります。
セッションとか何か申し込んで、反応が来るタイミングが異常に意味深く感じられることが。
昔、インド人聖者が自らやってるアガスティアの葉の代行に申し込んだことがあって、
そのインド人聖者のくれた葉っぱの内容はぜんぜんたいしたことなかったのですが、
その人に関わるプロセス全体が神の大きな意図の中と言う感じがすごくしました。
数ヶ月とか、ものすごく遅れて、追加の葉っぱの内容が突然送られて来たりもしたのですが、
それが送られてきたタイミングも異常に絶妙で戦慄しました。
カルマの解消もそこに頼んで、お守りとかは結局送られてこなかったんじゃなかったかと思いますが、
てことは普通は怒ったりしてもいいシチュエーションですが、
そういうわけで、とにかくいちいちタイミングが絶妙だったので、なにがどうなってもその時は深い納得とすべて完全にコントロールされてる感覚に満たされて満足でした。
逆に、すべてのタイミングが悪いケースもあるんですよね。。。
タイミングって、その人のあり方とか、自分との関係性におけるその人の役割とか、そういう何かを示してるんだろうと思います。
でも究極的には、これを言ったらおしまいですけど、すべては完璧なタイミングで完璧に行われてるんだろうと思います。
それをいっちゃあ、おしまいなんですけど。。。。