朝日の書評に掲載されていたのをきっかけに読むことにした作品。
南部での出来事はこれまでにも勉強していたのだが、上陸前後、北部・中部の様子がよく調べられており、また兵士の目線から書かれていることも読みやすかった。
亡くなった数、310万人という数を一口で言うが、310万だけの人生があり、それにつながる家族や友、恋人の数だけの悲しみがあったであろうことに胸が痛む。

学校の開設、運営に当たって、教師だけでなく保護者、住民が物不足の中、知恵を絞って子どものために環境を整えていくようすも、学校が社会から必要な存在としての機能を果たしている、本来の存在意義を考えさせてくれる部分であった。

あとがきにあった、日露戦争と太平洋戦争での軍首脳の違いにはなるほど、うなずけた。大義のない戦争、止めるためのシステムのない戦争を絶対にしてはならない。

iPhoneからの投稿

数年来、やりたいがなかなか進んでこなかった支援学校との交流。

ようやく、動き出すことになった。

相手先の先生も熱心にやってくれそうで、こちらも精いっぱいできればと思う。


まずは教員同士の交流から。細くとも、長いお付き合いになればと思う。


毎日毎日しんどい、他の仕事は土日はしっかり休めるのに、教師は土日もなく、プライベートな時間もあまりない。と、ぼやきたくなることが多々あるが、昨日に引き続き、『東京大空襲の全記録』石川光陽、森田写真事務所編を読み進めていくと下のような文章に出会った。




3月6日 火曜日 雨後曇


(略)


東京の空襲被害状況写真は、東京では私1人しか撮っていないのだ。状況写真は誰にも撮らさないのだ。軍部の厳命で報道関係者といえども写させないのだ。それを敢えて総監命で撮影していく私は、その使命に生命を投げ出して生命を打ちこまねばならない。そしてその1齣1齣にその状況をこくめいにキャッチして、東京はこのようにして1日1日と焼き払われ焼野原になっていった。


そしてその中にあって吾々警察官は斯様に活躍し、都民はかく戦ったという、貴重な記録を永久に残す大きな仕事を担当していると思えばくじけてはならないのだ。


なんのこれしき・・・。私の主義である。何糞ッ玉砕2倍主義に徹して元気で行こう。体の続く限り生命の存する限り最後まで頑張るのだと強く私の心に言い聞かせた。玉砕2倍主義とは、その仕事に体ごとぶつかって人の2倍以上の仕事をすることで、故に毎日毎日を僅か2、3時間の睡眠で過ごしている。


(略)



いつもなら、気にいった文章があれば、コピーかスマホのスキャンをして、保存しておくのだが何か恐れ多い気がして、入力してブログに上げた。


人を育てる仕事、子どもに信頼されようと思えば時間をかけないといけない。そう思えば、まだまだ自分は甘い。大袈裟かもしれないが、使命感というものが教師なりたてのころに比べれば、年々薄らいでいるようにも思う。


命を賭して残したものだからこそ、説得力があるのだろうか。

明治生まれの人の気質なのだろうか。


滅私奉公の精神が随所にあふれている。


自分の使命を今一度確認せねば。


関連エントリー:67年前の朝の風景

          『東京大空襲~語られなかった33枚の写真~』

2月7日 水曜日 曇後薄日後雪


(略)

私はいつも朝出勤の時、凱子、令子、貴子の3人の愛児の頭を撫で頬ずりして、心の中で吾が子の多幸を念じて訣別の別れを繰返している。電車に乗るまで頭の中にいとしいわが子等の元気よくいってらっしゃいと小さな手をふる笑顔が浮かんでいて、時によると涙のみ頬を伝う時がある。氷川神社に静かに頭を下げて家族の今日一日の安全を祈念し、夕刻恙なく帰宅の途次また氷川神社に頭を下げて、今日一日ご庇護頂き異状なく妻や子に逢える倖をお礼申しあげて帰宅することを日課としている。洵に悲壮なことである。

(略)



先日、たまたま図書館に行ったときに見つけた『東京大空襲の全記録』石川光陽、森田写真事務所編を読んでいる。以前、拙ブログに書いた『東京大空襲~語られなかった33枚の写真~』 の主人公、石川光陽さんが撮った写真とともに、綴られた日記が載せられている。


ドラマの設定や登場人物とは異なる部分も多くあるが、率直な文章で、淡々と描かれており、読みやすい。当時の日記は難解な言葉であったり、状況がつかみにくいものもあったりで、あまり読んだことはなかったのだが、修正が加えられていること、ドラマである程度状況が分かっているのもあって手に取るように当時の様子がわかる。


冒頭の文章は、自分の出勤時と重なる。妻に抱っこされ、ようやく手をふれるようになってきたわが娘。彼女が見送ってくれるのはあと何年間かだろうが、そのありきたりの幸せを感じながら、また今日も仕事へ行く。

昨日の授業で、他教科の実習生とその指導教諭が授業を見に来てくれた。


放課後、その指導教諭に授業の感想を聞きに行ってハッと授業への謙虚さが薄れ、傲慢さが出てきていることに気付かされた。


講師の頃は空き時間があれば授業を見させてもらうというぐらい、教科に関係なく頻繁に勉強しようとしていたが、校務が多くなったこと、授業数も多いことで、ほとんど見に行かなくなってしまっている。


でも、その指導教諭も時間数は同じだけあり、他教科からも自分に取り入れられるところがあるのではと、僕のの授業で「本当に伝えたいところは教師が言うのではなく、生徒に考えさせている」と評してくれた。


前向きな彼に言ってもらえたことが何よりもうれしい。


自分ももっと勉強せねば。