気がつくと、そこは広い砂浜で、なまえはなんといったか、かわいい5さいくらいの男の子といっしょにあそんでいたんだ。ぼくは、どうやら、どこかでうまれて、きょうだいがいたのかどうかもおぼえていないうちに、どこかにおいてきぼりにされて、そして、草むらだらけの原っぱで、空腹にたえきれずに、もうおれはこのまましんじゃうのだろうかと。。。歩いていたところにその子が、ぼくを抱えて、家につれかえってくれたのだ。それなのに、それなのにだ。いま言った、青い海が拡がる砂浜ふとに、その子とやってきたのは、その子のママの赤いくるまで、もうすぐ桜が咲きそうな、とてもあったかな午後だった。それなのに、それなのにだ。ふと、われにかえると、くるまの音。あの子は、いってしまったんだ。ひっしで追いかけたけど、だめだった。それからしばらく、その海辺のほてる歳さいのそばですごしたいたらば、いきなりつかまって、車のかごのなか。そしてやってきたのが、あのひとの住む家だった。もっとも、ぼくをしぶしぶ連れ帰ったのは、あのひとの母親だったのだが。。。

 

ともあれ。たったの17年。それでも、90歳くらいになった心境だった。目はみえないし、あるかないかの段差にもつまづくし、もう、じゅうぶおらんいきた。(はずだ。)。それにしても、それにしても。あの人は、ほんとにいつもいなかった。ずううっと、待たせるばかりの日々なんて、なんでおれがまってるんだよって。おもったこともあったけど。ともあれ。だからか、かえってくるときは、いつもその母親が、あの人の名前をいうから、すぐにわかった。あのヌボラぶるーとかいう、伊太利亜のくるまのときなんて、角を曲がる前から音が近づくのがわかった。聞こえると、うれしくてたまらず。胸がたかなるし、じっとしていられない。それにしても、それにしても。ときどき、あのひとは、「ちょっと来て」と言ったかもしれぬけど。でも、だいたいが、いつもふらっときて、おれが寝ているところの前にある階段に腰掛けると、なんだか知らないけど、いろいろあるのだね~と。いうよな話をおれに聞かせて。そして黙って聞いてるおれをみつめて、またもどっていく。そしてまた、おれの待つ日々がはじまる。

 

それにしても。おなじ散歩でも、だれといくかで、ど~して、あ~もちがうのだろうか。一緒にあるくというより、おれのきもちをいつも気に掛けてくれているのがわかって、息づかいも、歩調もなにもかもが。一緒にあるくとすごくたのしい。というのと、「はい、ほら、早くすませて」と、こえなきこえで、いわれてるみたいな、そんなさんぽは、やっぱりちがうにきまってる。いっしょにあるいて、歩調の合う人って、やっぱりそれが大きいのだろうか。してみると、ながくあるきたいなら、そのここちよさが、あるとないでは、てんごくとそのはんたい、なのかもしれないな。ほかのみんながどうなのかは、さっぱりわからぬが。ともあれ。それにしても、いや、それなのに。あれ、なんだっけ。そうそう。つまりは、きもちが通じるんだよ。こっちの空気やきもちを、すううっとわかってくれて。それでも、だめはだめって、それはおっかなかったけど。ひとしきり叱ると、あとはいつものあの人だった。いや、たまにはわざと叱られることを、してみたくもなるんだな。とにかく、とにかく。そんなこんなを、ぜ~~んぶひっくるめて、あのひとといた時間が、いとおしくてせつなくて、それでもいとおしくてたまらない。きもちが通じるってのは、ものすごくすごいことなのだ。めったにないことだ。そう、おれはおもう。

 

(大雪のあの日。もう眠ろうときめて家を出たオレの耳に、あのひとの声は聞こえてこなかった。でも、かすかに、そのにおいはかぜにのってやってきた。おれのことを、ひと晩じゅうひっしで探してたあのひとが、もうおれはきっとにおいしかわからないのだろうと、そこいらじゅうにつけてたあの人の足あと。あの歩く音はあの人に間違いない。たしかに聴いてた。)いや、あれは夢だったのだろうか。

 

いつも、思い出してる。あのひとと、一緒に歩いた、いくつもの日々を。そして、景色を。大好きだった砂浜を。いつもいつも、思い出してる。なんだよ、そんなこと言うと、泣けてきちゃったじゃないか。なみだがとまらない。大事なのは、長さじゃないんだ。どんな時間を過ごしたかだ。ずっと待ってて、そして一緒に行かれる散歩のなんてうれしいか。そんな濃い時間があったから。おれは、こんなにあったかい気持ちになれてるんだとおもう。それをあの人にいいたくて、もう自分をせめるのをやめにしないかと。できることなら、手紙をなにかにくくりつけて、風に飛ばして送りたい。届くだろうか。いや、あの人は知っているはず。想いはきっと通じるって。ときどき、そうやって、おれのことを思い出してくれたら。おれがあのひとのことをいつも待ってたあの頃のおれが、どきどき、そうして、そうしてたみたいに。。。

 

なあんて、さむからの手紙が届いたらいいのにな。