こころは、ときに、ういたりはれたり....とても、いそがしい。ちょっと、ふさいだり、また、もちなおしたり...。まるで、じゅうばこのすみにむかって、かなしばりにあったみたいに、ひとつの心配事から抜けられなくなったり...、はたまた、ふと、しばし、かなしばりからとけて、天を見上げ、コウコウと照るつきを眺めるゆとりがうまれたり...

じぶんのこころに、じぶんがまるでふりまわされてでもいるかのようで...。おっしゃるとおり、苦しくないといったら、まっかなそれだけど、かといって、こころのなかのすべてが、ひかんとぜつぼうにおおわれているわけではなく。なのだけど。つい、ひとり、かってにふあんとしんぱいの種ばかりを、大きく育ててしまう...のです。気がつくと...。陽光をあびないせいもあるのだろうな。

夢は、もっと、ささやかに、ひそやかに、でも、どこかしなやかに、たやさないで それでいて、かたにちからばかり入れるのでもなく、なにがなんでもの、がんじがらめにとらわれるでなく、でも、こころの芯だけは、なくさないで...いられたら、いいのだけどなぁ。これが、むずかしい。のです。つい、ひとり向き合う時間がどうしても長くなると、ついつい、後ろ向きの悲観の念に、きもちがえいえいと、すみにおいやられ、ひとり、つらいことばかりを想像してしまうのです。

そこで、よわっちいじぶんのこころを、せめてしまうと、よけいに崖のへりまで、おいこまれてしまうので、なるたけ、いまは、がんばらないぞ、むりはしないぞ、でも、こんきよくまつぞ、...、そう、言い聞かせいいきかせ。なだめ、すかし、ときのなかで、なんとか、すこしでも、気楽にいられたら...なんて。これだけ、書けるのも、これでも、すこしは、よくなったからかなぁとも、おもうし、いやいや、一進一退、のぼったり、おりたり、くりかえして、時を送っています。要は、ブルーになっていられるだけの、場所と時間と、身分にめぐまれているから、とも、いえるのかもしれませんが。自然にうちがわから、わいてくる、のを、じっと待っているのも、しんぼうのいるものですね。

ブルーが、いつでも、どこでも、かんたんにやっつけられたら、だれもいきるのに、くろうしやしないのですから、ひたすら、しぜんにかいほうにむかうのを、こんきよく、まつよりないのでしょうね。ただ、いのりだけは、わすれたくないなぁ、そう、おもいます。どんなことも、きっと、いつかの、なにかの、こやし...に、なってくれるといいのですけどね。ともあれ。しんぱい、かけてばかりで、ほんとにごめんなさいm(__)m