「あのひとが来て/長くて短い夢のような一日が始まった//あのひとの手に触れて/あのひとの頬に触れて/あのひとの目をのぞきこんで/あのひとの胸に手を置いた//そのあとのことは覚えていない/外は雨で一本の木が濡れそぼって立っていた/あの木は私たちより長生きする/そう思ったら突然いま自分がどんなに幸せか分かった//~」

「いまぼくになすべきことがあるとするなら/それはただ 死ぬまで地上(ここ)にいること/歌うでもなく嘆くでもなく/見たものはすぐに忘れ書きつけることもせず/言葉をもたぬカナブンのように蜜を吸い/花々の実りにささやかな手助けをして//~」

「~//~/テーブルの上に散らかっている昨日の新聞/歌が途切れ会話が途切れ/その静けさを満たす遠いせせらぎ/夜に溶けこんでいるメープルの赤/決して終わることのない/些細な/詩」

「~//どうしても忘れてしまう/記憶だけが人間をつくっているのだということさえ/だからきっと人間は本当は歴史のうちに生きてはいないのだ/限りない流血も人を賢くしない/そして忘れ去ったものがゴミのように澱んでいる場所でしか/きみもぼくも話し始めることが出来ない」

「買っておけばよかったと思うものは多くはない/もっと話したかったと思う人は五本の指に足らない/味わい損ねたんじゃないかと思うものはひとつだけ/それは美食に渇きつつ気おくれするこのぼく自身の人生//~」

「~/ж/生々しい感情はときに互いに殺しあうしかないが/詩へと昇華した悲しみは喜びに似て/怒りは水の中でのように声を失う/そして嫉妬があまりにたやすく愛と和解するとき/詩は人々の怨嗟さえ音楽に変えてしまう/ж/たったいま死んでいい という言葉が思い浮かぶ瞬間があって/そう口に出さずにいられないほどの強い感情があったとしても/その言葉通りに本当にその場で死んだ者がいるかどうか/だが喃語にまで溶けていかずに意味にどんな意味があるというのか/言葉の死が人を生かすこともある という言葉が思い浮かぶ/ж/昨日を忘れることが今日を新しくするとしても/忘れられた昨日は記憶に刻まれた生傷/私には癒しであるものが誰かには絶えない鈍痛/だがその誰かも私に思い出させてくれない/私の犯したのがどんな罪かを/ж/その人の悲しみをどこまで知ることが出来るのだろう/目をそらしても耳をふさいでもその人の悲しみから逃れられないが/それが自分の悲しみではないという事実からもまた逃れることが出来ない/心身の洞穴にひそむ決し
て馴らすことの出来ない野生の生きもの/悲しみは涙以上の言葉を拒んでうずくまり こっちを窺っている」

「てんしがそらのあおときぎのみどりをかなしむとき/ひとはあいするもののくるしみをくるしんでいる/~」