ここから、うらかわまではどのくらいなのだろう。ねぼけたあたまで、そんなことをおもいながら、白い街を眺めている。起きたら、十時二十分だった。ものすごく長いこと眠っていた。夢もみていた。どちらもひさしぶりだ。ホッとした。「何もしない」贅沢をかみしめている。なんとなくみつけたたびに、気晴らしにでもと、なんとなく申し込んでいたのだが、奇しくも、こんな風になるなんて。ともあれ、こんなところまで来て、こんなにいいところに泊まれて、何もしない時間のなんてありがたいことか。ほんとは、これにさらに有名な動物園行までついていたのだが、詰め込まないのがむしろ贅沢と思ったから。あらためて、よかったと思っている。てな、わけで周りに高い建物がなにもない高層階の窓を前に、やさしいソファに身をあずけ、ひたすら、ぼ~っと時の贅沢にひたっている。ひとりだけ、のんきなことをしています。
ほんに、むずかしいですねぇ。たがいが願っていることは同じでも、やっぱりふとこころが萎えそうになるとき、たがいの見えない状況にやきもき、ときにいらいらしてしまう。小さなことは、いや小さくなくても余計な心配をかけないことが何よりのやさしさだって、わかっているのに。ついつい、どうして、「あ」でも、「う」でも、いいから返事をくれないの?って思ってしまう。我ながら、(自分の弱さを)ほんに困ったものだとつくづく思う。
さて。明日はいよいよ立春。暦の上では、新しい年がはじまる日でもある。くよくよやめそめそもあっていいんだ。無理に元気にならなくていいんだ。ただ、そのときそのときに浮かぶ気持ちに正直に。あきらめるでもない。頑固になりすぎるでもない。ありのままで。祈りつづけて。いつか、なんとかなるでしょう。精一杯の情熱でできるだけ静かに歩く。そんな風にいつもいたい。そう自分にいい聞かせている。
ほんに、むずかしいですねぇ。たがいが願っていることは同じでも、やっぱりふとこころが萎えそうになるとき、たがいの見えない状況にやきもき、ときにいらいらしてしまう。小さなことは、いや小さくなくても余計な心配をかけないことが何よりのやさしさだって、わかっているのに。ついつい、どうして、「あ」でも、「う」でも、いいから返事をくれないの?って思ってしまう。我ながら、(自分の弱さを)ほんに困ったものだとつくづく思う。
さて。明日はいよいよ立春。暦の上では、新しい年がはじまる日でもある。くよくよやめそめそもあっていいんだ。無理に元気にならなくていいんだ。ただ、そのときそのときに浮かぶ気持ちに正直に。あきらめるでもない。頑固になりすぎるでもない。ありのままで。祈りつづけて。いつか、なんとかなるでしょう。精一杯の情熱でできるだけ静かに歩く。そんな風にいつもいたい。そう自分にいい聞かせている。