あけました。おめでとうございます。どーしてもこの時間に伝えたかった。伝えたいことは、たくさんたくさんあるはずなのに、ことばがうまくでてこない。夢と希望がいっぱいつまった1年に、10年になりますように。そんなおもいでいっぱいなのだけは、たしか。そう、「めでたい」とは「愛でる」の連用形が元。なんとも、しみじみ、しんみり、しっとり、おもいが深まることばである。
思えば、蕎麦屋の午後を目にしたとき、顔が思わずほころんだ。博物館と、負けっぷりで、ようやく、ん?と電球が灯った。なんともケイコウトウ。とりわけ、雨鱒の川と、同人誌が印象深い。そして、線路はつづく。どれほど勇気づけられたことか。それにしても、目の前を素通りしてしまったのは、いつどこでだったのだろう。
「ことばは道具ではなく/ことばはこころと知性/~」ことばをたくさん知っていると、自分のおもいをきちんと伝えられる。そして、相手のこころもよりふかく理解できる。阿久さんが、以前母校の子供たちに贈った詩にそうあった。「運というものは相に現われ、運をよくするには心を養わないといけない。心を養うとは、学問をすることで、本当の学問をすれば、人相も運もよくなる」そうだ。最近読んだ本にあった。そして、徳というものは多くの人たちと交わるなかで初めて養われるもの、とも。だから、おもう。読みたいものを読み、知りたいことを学び、したいことをし、遊びたいことを遊んで、あとはのほほ~んと暮らす。そしたら、きっと気がついたときには、徳のあるカッコイイーひとになっているに違いない!と。好きなことがたくさん、そしていつも近くにあったなら、それだけで充分元気になれるに違いなく、それに少々の苦労なんてへでもない。好きだから。好きだからこそ頑張れる。
さて、あたらしい年の最初の1ページには、何と記そうか。「地味に、質素に、控え目に」だろうか。うーん、やっぱり「書こう、恋せよ、そして生きよう」かな。おもろいこと、たのしいこと、わくわくすることをたくさんたくさん考えていきたいものです。そして、帰りたい場所になることができたら。それでは、改めて、今年もよろしくお願いします。(ちょっぴり、フライイングです(^_^;)
思えば、蕎麦屋の午後を目にしたとき、顔が思わずほころんだ。博物館と、負けっぷりで、ようやく、ん?と電球が灯った。なんともケイコウトウ。とりわけ、雨鱒の川と、同人誌が印象深い。そして、線路はつづく。どれほど勇気づけられたことか。それにしても、目の前を素通りしてしまったのは、いつどこでだったのだろう。
「ことばは道具ではなく/ことばはこころと知性/~」ことばをたくさん知っていると、自分のおもいをきちんと伝えられる。そして、相手のこころもよりふかく理解できる。阿久さんが、以前母校の子供たちに贈った詩にそうあった。「運というものは相に現われ、運をよくするには心を養わないといけない。心を養うとは、学問をすることで、本当の学問をすれば、人相も運もよくなる」そうだ。最近読んだ本にあった。そして、徳というものは多くの人たちと交わるなかで初めて養われるもの、とも。だから、おもう。読みたいものを読み、知りたいことを学び、したいことをし、遊びたいことを遊んで、あとはのほほ~んと暮らす。そしたら、きっと気がついたときには、徳のあるカッコイイーひとになっているに違いない!と。好きなことがたくさん、そしていつも近くにあったなら、それだけで充分元気になれるに違いなく、それに少々の苦労なんてへでもない。好きだから。好きだからこそ頑張れる。
さて、あたらしい年の最初の1ページには、何と記そうか。「地味に、質素に、控え目に」だろうか。うーん、やっぱり「書こう、恋せよ、そして生きよう」かな。おもろいこと、たのしいこと、わくわくすることをたくさんたくさん考えていきたいものです。そして、帰りたい場所になることができたら。それでは、改めて、今年もよろしくお願いします。(ちょっぴり、フライイングです(^_^;)