図書館。新刊の並ぶ書店のような華やかさも、時代の傾向(分析)が平積みの文字、表情から眺められる刺激(物見高さ?)も、そして、購入すれば即、自分だけのものになるという高揚感も、そんなものとは無縁だけれど、そこには長年多くの人の眼鏡に叶ってきた信頼のような落ち着きと風格を持ち、存在感のある一冊との出会いの可能性が秘められている。なあんて、少し大袈裟だろうか。ともあれ、平日の閉館間際、閑散とした空間の中で、珠玉が多く詰めこまれた棚をまるで独り占めして(吟味して)いるような。とても貴重でうれしいとっておきの時間のひとつ。


すでに、7冊も借りているのに、また新たに両手に抱えるほど借りてきた。貸し出し期間は2週間。期限を過ぎて返していないものがあれば、次は借りられない。で、期限の最終日。閉館10分前。この時点で先の(期限)が切れるのは明白なのに、借りることができちゃう、ということがわかった(はじめてのときはちょっとどきどきしたっけ)。まるで、なんとかの盲点、みたいだ。これを使わない手は無い。少々気は早いが、お正月にゆっくり読むために、との目論見と腹積もり。(期限切れの)確信犯である。


まず、タイトルに惹かれて、手に取る。適当に真ん中あたりのページを開く。文字の埋まり具合、ページの感じ、風情。つまりは第一印象が、大きい。「おっ、いいな」「うーん、今回はちょっと」「全然、(イメージと)違った」のいずれか。さらに、目にとまった2、3行を読んでみて、惹き込まれる感触があるのと、ないのと。これらは書店の場合も概ね同じかな。つまりは、品定め。目の前にあるのは、錚々たる顔ぶれ(著述家)の本ばかり。なんとも、贅沢なことに違いない。(それも、つまみ食いよろしく、あれこれ同時に、あちこち好きなところから読んでいくのだから、お行儀が悪いこと、至極である。)


で、どんな本を手に取ったかというと。たとえば「父の詫び状」(これは、何度も借りている。文庫で出ているのは承知だけれど、やっぱり単行本で読みたい一冊)。たとえば、山口瞳著「行きつけの店」。(以前から借りたかった一冊。故郷のお店も登場してしてずっと気になっていた。)たとえば、乱歩「東京地図」。(恐らく、通読は無理だろう。きっと何度も借りることになりそな予感。)たとえば、「吉行淳之介をめぐる17の物語」(かつて、手にとってパラパラ捲った時の印象が忘れがたく。。)。とまあ、たとえばこんな感じです。それにしても、「あなた何歳(いくつ)なの?」と聞かれそうな選び方(嗜好と趣向)、なのでしょうか。