朝日にきらめく故郷の海の美しさに思わず息を飲んだ。高速道路を降り、バイパスと称する一般道を少し走るとその有料道路の入口がある。かつては、地元民のために料金所をワープできる入口のひとつだったのだが、数年前からついに看板通りになってしまい、しばらく利用していなかった。。疲れ果てたからだには、あまりに眩しく、そして綺麗だった。まるで内海のように、穏やかに凪いで、波打ち際には微かな白波。その道は、視界の限りに広がるそんな海と、ずっと一緒に走れる。有名なゴルフ場が目の前にある最寄りの出口は、夜間は無人(なので無料!)。早朝だから淡い期待を寄せて行ったが、「おはようございます。ごくろうさん」とおじさん。温かく迎えられてしまった。門を開けずに、家の裏に車を停めていると、家族より先に「おはよう。~ちゃん。いま帰ったの?」と、農作業帰りの近所のおじさん。これが田舎のありがたさかな(!?)。

思えば車の異変に気がついたのは、八ケ岳の麓、奇しくも蓼科のそばだった。アイドリングのときのマフラーから出てくる息の音が少しおかしい。まるで空咳にむせっているようである。深夜である。「まいった~。どう~すべ。引き返すか」何事も退却の決断が一番難しくそして重要である。新聞か本で読んだ一節がせつな頭に浮かぶ。武士の引き際ってのもあったっけ。これから日本の尾根を越えなくてはならない。戻るといっても、反対車線は途中から半端ない長い渋滞だったし。無理して走れば、エンジンがやられるかもしれない。原因がわからないから不安ばかりが先にたつ。心細い。車のお医者さんへの憧れがふと頭をもたげる。よし、行けるとこまで行こう。心中する覚悟を固める。(ちょっと大袈裟である)いつか乗ってたそよ風という意味の単語に似た名前のバイクも、暑い日に高速に長時間乗ると同じようにカラカラ鳴ってたっけ。ひとまず、道路の分岐点に近い湖の畔のSAを目指す。さいわいさらに症状がひどくなる感じはなさそうだ。電気の消費を抑えると、心持ち咳
が柔らかくなっている。エアコンもステレオもみんな切り、時速80キロのアルプス越えが始まった。30分走って30分、1時間走って1時間休む、の緊張走行である。こうして長い長い深夜便とあいなった。

そして迎えた、キラキラ光る故郷の海である。どれほどホッと癒されたことか。たった数行の、でも声の臨場感溢れる音信をもらえた悦びと同じくらい。その日一日、見るもの感じるものすべてがなんて素敵に嬉しく思えることでしょう。最後に、この物語はフィクションです!と言ったら、笑ってもらえるかな。

「父の詫び状」の中で向田邦子さんが「やすらはで寝なましものを小夜ふけてかたぶくまでの月を見しかな」の百人一首の歌を紹介している。なんでも、その作者、赤染衛門を男だと思っていた、友人の男性に、こんな風に月を眺める歌を男が詠むわけないでしょうが、と言っているところがちょっと可笑しい。そして、昔も今も、物書き歌詠む殿方は心やさしく、女流は男にまさる気性をもっているのだろうか、と女史。いな、そんなことはない、どちらも心がやさしいのです、と反論したいわたし。綺麗な星空を眺め、月のない夜空を見上げながら、遠く離れた父のことを、殊更いとおしく想ふっているうらぼんゑの夜である。