「時間はたっぷりある」。これをたよりにいきている、なあんて言ったらちょっと大げさだろうか。でも、そう思えば、頑張れることは案外たくさんある、そんな気がする。時に、海からの優しい風が吹く丘で、とても楽しいゴルフをしました。だれかひとりが欠けてもいけない。これまでいちばん楽しいと感じるゴルフ。スコアを忘れて楽しめるゴルフ。とてもリズムよくまわれるゴルフ(とはいえ、他のみんながそう思っていなかったら、どうしよー^^;とちょっと、いや相当心配してるのだが。)。優しい気持ちになれるゴルフ。なぜかパターが面白いように決まるゴルフ。そんなゴルフをもてる幸せを噛み締めずにはいられない、ところ。。。(もしかしたら、私のもう一つのルーツに近い土地柄というのもあるかもしれない。そこは、住んでいたことがあるだけではない、なぜかとても懐かしい匂いがするから)。


父が果たせなかった大学に(そうとは知らずに)通い、母の血筋にもっとも近い街で社会人を迎え、そして、母の故郷の縁を頼りにゴルフを志し、とおいとおい昔、父の祖先がはるばるおとずれ、根を下ろした街に住んでいる。これも何かの縁なのかしら。ほんとは、あらゆることをわかっていて、集団の中で役割をきちんと果たしている人が、いちばんかっこいいと思う。自分がたとえどんな理不尽を受けたとしても、その事情もわかるから、集団を嫌いだと思ったことなど一度もない。むしろ、(チームの一員に認められたら)とてもいいなと、ずっと思っている。ただ、ひつじになることも、ひつじの皮をかぶることもできないノー天気のお陰で、いつも、意味の分からない「試され方」をしてほとほとがっかりしている、といったところだろうか。


ふるさとがある、ということはなにものにもかえがたい誇りとあり難さがある、とくにこの頃ほんとにそう思う。訛りをとうの昔に忘れてしまった者のないものねだりも手伝って。。「和」が好きだ。でも、なかなか和に馴染めないもどかしさと、信じてもらえない(ような)哀しさを抱えている、ような気がする。きっと、ひとは和のよさにきづくだろう。もうすでにその兆しは確かにあるけど。繁栄と安定の大義のおかげで、もっと大切なこころやベースを忘れそうになって反省の岐路に立っているこの国のいまとも、だぶって見えてしかたがないけれど^^;。ほんとうの和は、もっとひとりひとりのこころやユーモアを大切にすることだと思うのは、負け犬の遠吠え!なのかしらん^^;。(もし80歳になれたら、「なあんて(この人生)みーんな冗談!」なんて言えたらいいなとひそかに思っている)


かつて「男たちの旅路」というドラマがあった。もちろん再放送で観たのだが。はたちだったか。なぜか、いきなり胸ぐらを掴まれたような衝撃を覚えた。こころを揺さぶられた。なぜ、それほど、と今でも不思議に思うけれど。もしかしたら、恩給を断った父も、あの主人公と同じに、ずっと自分の子供は持たないとしていたのではなかったか。だからかもしれない。そして、あのドラマで戦中派と対峙する若者だった戦後生まれが、いま、奇しくも当時の戦中派の立場に立っている。時代(=人生^^;)の節目なのかもしれない。古い観念や常識と闘っているの最中なのだろうか。この頃、もしかしてあの寅さんと同じDNAなのかしらん?と思い至って愕然とし、わりと真剣に悩んでみたりしている自分に苦笑しながら、ふとそんなことに想いを馳せている。(もっとも、寅さんはきちんと必ず、家に戻ってきているものね^^;。でも、そのきっかけが寅さんと同じでは困るけれど。。。ほんとうに--;。)