前回の記事のつづきです
(これがシリーズ最後)
ここからは神話とは関係なく、
どうやったら災害を乗り切るか、事前に治められるかということを新海誠監督がどう描いたのかを考えたいと思います。
(私にはここが一番重要なんだと思う…)
草太は、後ろ戸を締めようとするとき、
「かけまくしもかしこき日不見(ひみず)の神よ。
遠つ御祖(みおや)の産土(うぶすな)よ。
久しく拝領(はいりょう)つかまつったこの山河。
かしこみかしこみ謹んで、お返し申す。」
という祝詞のような言葉を唱えます。
ミミズの正体。
遠つ御祖(みおや)の産土(うぶすな)
これは、天孫一族からはじまった現在の世界の前、
縄文(土着)の神なのではないでしょうか。
そう。
草太(サルタヒコ)も、
ダイジンたち(大国主神)も、
元々国を治めた国津神として、
産土神を治めるには最適な存在で、
災害や疫病にはこういった神々の力が必要と言うことですね。
ただ、一般の人々にもできることがある。
そのヒントも映画の中には描かれています。
祝詞を唱える前、後ろ戸の鍵穴を出現させるために、
草太が鈴芽に指示したこと。
「目を閉じ ここで暮らしていた人々のことを想え。
鍵穴が開く!」
「目を閉じて!ここにあったはずのたくさんの感情。
それを想って声を聴くんだ!」
人々に忘れ去られ、廃墟になってしまったところや災害の跡地にできる後ろ戸。
そうやって忘れ去られた想いに目を向けることでその土地に宿った人々の感情が聞こえてきて、扉に鍵穴が現れる。
そうして鍵をかけて扉が閉まると、かならず雨が降ります。
(雨=感情の象徴)
これは閉じ師としての力がない人でも、
常世にいったことがない人でも、
できることではないでしょうか。
最後に鈴芽が自分の後ろ戸の扉をみつけて常世に入っていくシーン。
月をバックに下りていきます。
これも感情や無意識を象徴する月が、
人間の生死の境目にある扉になっていることです。
要するに、月(内面)と向き合うことで
自分の昇華できていない思い、果ては大地にくすぶる
陰のエネルギーを治めていくことができるということなのだと
思います。
私もサルタヒコとアメノウズメにはご縁があって、
2023年に三輪山とつながったあとから
2024年はとにかくこの2柱に関係する案件が起こりまくって
奇跡のような体験もしました。
「何か」のために配置され、動かされていることを自覚した年でもありました。
だからこそ、無知・無邪気で封印を解いてしまうようなことは絶対しまいと思うし、
興味本位で「封印を解く」的な発言をしている人たちの危険性も感じています。
来年2025年は巳年。
だいぶ前から「何かある年」と言われ続けていて、
逆にそんなことは起こらないだろうとも言われていますが、
とにかく「次元上昇」「新地球への移動」というキラキラワードの元に、
「災害が起こっても、次元上昇する人たち(自分たち)は生き残る」などとほざく人々には、「じっとしといて!」と思うし、
身近にいる人たちの感情、そして自分の感情・内面をおいてきぼりにするような人間にはならないぞ、と決意をあらたにする年末です。

