この日記は 時系列を追いながらの長編です。
あれは高校1~2年の夏頃 放課後になんとなくお泊りの話が決まり
O君の家にチャリ2台で北上していた。見通しが良い所に出ると目の前
の小熊山山頂を細長い楕円形の 艶やかなオレンジ色の光がゆっくり
と移動しているのを見つけ 直ぐに巨大母船だと気がつき O君に
「UFOだよ!!」と叫んだのを覚えている。やはりO君の反応は「本当かな?UFO...」 であったが不思議と確信している自分が居た。 社会人になって20歳を過ぎた頃 仕事の先輩と夜な夜な 木崎湖に集まり、鯉の夜釣りにはまっていた。
ある日、ネオンブルーに輝く球体が現れた。あきらかに雲の下に浮いていて 1時間に15度位ずつ上に向かって上昇!気になって仕方ないので3時間以上見ていたが、仲間に聞いたら「バルーンじゃないの?」との答え。 光り輝くバルーンなど聞いた事も無く 今なら、小型の偵察艇だったのだ・・と断言できる。
時は流れて25歳頃に シボレーのブレーザーという大型のジープに
後輩のA君をのせて K湖の東側から小熊山を眺める位置で「鯉釣り」
をしていた日暮れ時 懐かしいオレンジ色の巨大な光が 目の前の山
の稜線を ゆっくりと右に移動。山陰に隠れると次の峯の手前で姿を
見せ およそ2分ほど観察させて貰えた。やはり後輩はピンと来ないよ
うで、???だった。
大きさは数百メートル以上はあったのではと推測している。
この遭遇体験を裏ずける書籍 が後に弟からもたらされるのだが 当時は知る由も無かった。 西丸震哉さんの「山小屋造った・・ネコも来た!」
という本で1978年発刊の本である。横尾忠則さんと交流があった筆者は
※ 192ページ 1978年4月8日 小川村の山小屋からK島槍方面に
巨大母船を確認したとの記述があり、橙色(オレンジ)の輝きで噴射炎
みたいに見えたそうだ。鹿島槍の向こう側(富山県側)へと消えたらしいが 私が若い頃見た機体も 艶やかなオレンジ色の機体であり逆算すると まさに(私が16歳)前後頃で 運良く お裾分け的に遭遇したらしい。
横尾忠則さんの「インドへ」という本の中でも この鹿島槍ヶ岳周辺へオレンジ色の巨大母船を呼んだ という話が書かれていたと記憶している。それを皮切りに多数のUFOを目撃し今では、ほぼ毎日の様にコンタクトさせて頂いている。
コンタクト初期のころは 一例ではあるが、夕暮れ時に金星かと見紛う輝きで こちらが気がつくと 「ス~ッ」と溶ける様に消えたり 夜明け前の海岸で、釣りをしつつ天を仰ぐと、一等星よりも明るく輝く星が消えたり、海岸線の堤防で上を見て寝転び 天を見上げて居ると 人工衛星みたいな小さな白点が移動しているので 「Uターンして!」と 呟くと戻ってきたり数え上げたら切がない程である。