今から書くこれは。

わたしが割とヘンクツだから、ってことだと思ってるし
コトバの仕事を長くしてるってことも、もちろん影響あると思うしなので、
その点には自覚もあるし、自戒もしてるから、
そういうつもりで読んでいただけたら嬉しいのだけれど・・・ぺこり


ま、甘いモノでも食べながら・・・テヘ



わたしは、たまに、
人が特には気にしないようなコトバに
引っかかってしまうことがあります。


で。

その、引っかかるコトバのひとつに
「共感します」っていうのがあるんですね。





だってねー

見てると、「共感する」って言いながら、
自分のハナシを始める人が多いんだもん。


誰かが何かで嬉しかったとか悲しかったとか言うと、ひょこひょこ出てきて
「わかるわかる、私もさあ」と、話題を自分に引っ張ってく。


それで、最初に話した人が、
ああ、本当だ、そんなに深く理解してくれたのねって
思えるようなハナシだったら、まぁいいんだけど。

でも、黙って聞いてると。

さんざん喋った挙句、
要は、なにか一つ二つの単語に反応しただけ。
・・・・だったりする事の方が、圧倒的に多いです。


で。
そういうとき、

わたしのオヘンクツが
脳内にヒュッと出てきて。ぬけた魂

そーいうのはね・・・・と、言い出すわけです。



そういうのはね、

「共感した」んじゃなくて、
そのコトバを聞いた途端に思いついたことがある
って言うのでしょうよ、と。




そいで。

これはわたしの個人的な体験だから、
他の人に当てはまるか、まったくわからないんだけど。



「共感した」という前提で聞かされる、
自分が言いたかったこととまるでかけ離れた他人のハナシというのは。


その、わかってくれてなさ加減をことさらに強く感じさせることで、
何か気持ちの深いところを、えぐり取っていく。


果てしないほど埋められない距離を見せつけられて
呆然とした心地になるだけではなく、

自分が大切に感じた、ということそのものが、
「どうでもいいこと」の烙印を押され、
泥の中に打ち捨てられたような心地にさせられる。


Simplog



・・・・・そんなわけで。


まー、わたしは、あんまり簡単には
「わかる」とか「共感する」とか、
そういうコトバを口にしないようにしています。


だから、もしかしたら、
「わかるわかる」と言って欲しくてセッションに来られる方には、
ちょっと(だいぶ?)物足りないかもしれないんだけど。かんにん


でも。


人のこころというのは、そんな簡単には、
他人には、わかったりできない部分というのがあって。


その、わからないことを前提に、
あなたのことを教えてくださいと頭を下げる(実際には下げなくてもいいけど)

そんな姿勢があることが、
コミュニケーションを生み出すのじゃないのかなって。


わたしは、そんな風に思うのよ。


image



ちなみに、京都出身の友人にこのこと話したら
「そういうのを京都ではいっちょかみと言うのだ」
と教えてくれました。

いっちょ噛み!!

なるほどーーーーーーーーー!!!(*'∀`*)v