今日は、ヘルパーさんの日
天気が良いので洗濯日日和
洗濯が終わったら、ノートに記入しなくてはならないレシートの山を何とかせねば
ところが家計簿代わりに使用しているノートが9月で終了、新しいノートを探さねば
あれこれノートを見つけては中を覗くと、娘との交換日記だったり
新聞の切り抜きの感想文が書かれている
当時ブログをやっていたら、沢山書く事があったと思う
そんな中、作詞家『あく・ゆう』さんの思い出話を見付けた
あくゆうさんが小学5年の時に書いた作文を「横光利一を思わせる文だ」と褒めて貰った事があり、大人になって物書きで生きようと思った時
子供の頃、褒められた記憶が「才能が無い訳じゃない」と自分を後押ししてくれた
30数年振りに恩師と再会した時、その話をしたら「そんな事を言ったかな?忘れちゃったな」と照れたようにおっしゃったが、あの言葉が誉め言葉じゃなかったのせよ
僕にとっては、実に貴重な一言であった
『誉め言葉は、その場の慰撫である必要はない。そんなものは耳をかすめる。ただし
謎を秘めた誉め言葉を貰った子供は、一生かかってそれを解こうとする』H11年
誉め言葉ではなくても、誰かに言われた一言が、いつまでも走馬灯のようによみがえってくることがある
遠い記憶、今の自分とのギャップ
掛けて貰った言葉を実現する事が出来なかった後悔のような・・・ほろ苦い記憶
小学生の時、『将来何になりたいか?』みたいな題の作文に
特に夢などなかった私は苦し紛れに『ファションデザイナーになりたい』と書いたら
先生が「〇〇さんならお洒落だから合ってるかもしれないね」と言ってくれた
本気で言ったわけではなかったので、嘘をついたような居心地悪さがあった
高校を卒業し、急に就職が嫌になり、無理を言ってデザインの専門学校へ入学した
文化服装へ行きたかったのに「大変だから〇〇ちゃんには無理だよ」と伯母に言われ
入学した学校は中途半端な学校で、それでも私の友達3人はパターンナーの学校に行き直したりして望み通りデザイナーの道に進んでいった
なのに私は、『嘘をついた』と言う思いを抱えながら『私には無理だ』とレッテルを貼ってしまった
その後何かに導かれるように受けた入社試験、入社してみたらデザインの会社だった
ファッションではなくて『テキスタイル』だったけどね
ここでも私はやる気が無くて、チーフから『○〇ちゃんならキティーに勝てるぐらいのキャラクターを考え出せそうじゃないか??』なんて変な期待を持たれて
私は逃げてしまった・・・『デザイナーになりたいなんて嘘だ』
あくゆうさんは、自分の才能を信じて生きて来た、先生の言葉を胸に
私も、先生やチーフの言葉を忘れた事は無い・・・「私には可能性があるのか
」
「あるのか
」「あるのか
」と思い続けてきた結果が・・・![]()
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毎日、具合の悪い歯の事で一日中悶々とし、やる気のなさに拍車をかけている
今日は入って来た占いカレンダーの広告に
『笑う門には福来る・笑うくらいで福が来るなら、いくらでも笑ってやろう』だって
保険のCMだったか?『溜息つくと幸せが逃げちゃうよ!!』
溜息って、本当に体に良くないみたいですね
今日は笑って過ごそうかな!![]()
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