金曜日は、母の買い物に付き合って銀座へ


土曜日は、車を車検に出すため旦那が用意したりして朝からバタバタ


日曜日は、「混んでいるだろうなァ~?」と思いつつプールへ行きました。

天気が良かったので「絶対に混んでるぞ!」と思っていたのですが・・・さにあらん!

ロッカーに鍵がいっぱいぶら下がっていた!!

何となく拍子抜けしながらも、今年最後のプールを楽しんできました!


夜、メールの確認をしたら・・・

『来年の話で鬼が笑うかな?新年会、2月11日だと僕は5時半頃行けるから、皆に聞いといてよ』とメールが来ていたえっ


私は、やっと忘年会が終わってホッとしているところなのよ?

だいち、よくよく考えたら・・・私、吐き気を堪えていただけではなくて・・・

鼾かいて寝ていたんじゃないかと??思えてきて??

もし、そんな醜態を晒していたとしたらはてなマークあせるガーン

もう、皆に合わす顔がないじゃないの~~叫び

「もうダメ!もう嫌!次回の同期会まで飲み会はやらない!」と反省の日々を過ごしているというのに!


何が、「皆に聞いといて・・・」なのよ!!!プンプン



『橋のない川』


アメリカとシベリアが陸続きだったらね?

昔聞いた、「日本が島国じゃなかったら・・・」と言う言葉を思い出しました。


結婚してから、テレビで『同和地区に住んでいる人たち・・・』と言う言葉を聞き

「同和地区ってなに?」と思った事がありました。

テレビの中では、私達が知っていて当然の如く話しているので内容が分りませんでしたが・・・

人種差別と言う事なのですよね?


昨日の『日曜美術館』は、写真家のサルガドの作品を紹介していました。

イラン・イラク戦争からルワンダの紛争などなど・・・

悲惨な内容の被写体であるはずなのに・・・

逃げ惑う彼らには、いつも陽の日差しが降り注ぎ・・・

その姿はまるで、神に護られ・・・日々を幸せに過ごしているかのようにも観える

だから、彼の作品には賛否両論の評価をされていると言う??


サルガドは、「明日をも知れぬ日々だとしても、彼らは、仲間が困っているのを見捨てはしない。今の都会に住んでいる人たちよりも、彼らは優しさに満ちた生活をしていると思う・・・」と話していました。

彼が写したいのは、悲惨な状況ではなくて・・・

人はどんなに辛い状況下にいても、お互いに、思いやりの心を忘れなければ『苦』ではないのだ・・・と言う事とと


日々目にしている現実だけが生活ではない・・・

私達が知らない所で、命は日々、『生』と戦っている・・・

そんな目には見えない?気が付かない・・・何かを・・・感じ取り・・・残したいと思っているのでしょうね?

私は、写真にあまり興味はないのですが・・・観に行きたいと思いました。


橋のない川から話が随分それましたが・・・いつの、いつの世でも、何らかの差別は存在すると言う事なのですよね?

そんな事わかっている!と思っていても、作品に残せない自分がいるわけで

差別が、あまりにも身近に氾濫しすぎているから?

鈍感になっているのかもしれません?汗