昨日は、感情に任せて言いたい放題書いてしまいました。
そこでちょっと、補足したいと思います。
私は脳死の事を軽く考えている訳ではありません。
法律に詳しい訳でもありません。
そんな難しい事を考える前に・・・
私自身の生きると言う事の意味を考えつつ
人間として、人間らしく生きる意味は?
そんな、小さな疑問の細い糸を手繰り寄せてみて
脳死状態の子と
新しい臓器があれば生きられる子の命について
私なりに考え、私の意見を述べています。
今まで脳死・・・と言うと、高齢の方たちを対象に取りざたされてきたように思います。
脳溢血・脳梗塞などなど、突然倒れて脳死状態?
ある程度、年を重ねてきた人達なら『生きる』と言う意味を少なからずは理解していると思います。
だから「もし脳死だと言われたら、延命処置などしないで欲しい」とか家族の人達に伝えるのではないでしょうか?
生きていて辛い事が多かったとしても、
泣いて、笑って、恋をして・・・食べて、排便して・・・
それらの事すべてをもって、生きていると言う事だと理解しているからだと思うのです。
私は一度、出産の時に、絶対安静で1週間ほどベッドから降りる事を許されない事がありました。
たった1週間、自分が体験してみて・・・
この生活が、先が見えぬまま1ヶ月・・・1年・・・10年と続くとしたら
絶対に耐えられないと思いました。
私は改めて・・・
自分が脳死状態になった時は『延命はしたくない』そう思ったのです。
そして、今回の子供の脳死ですが・・・。
息子の施設に、一人いらっしゃるのです。
食事介助の時に、誤嚥し、そのまま脳死状態になった子がいます。
お母さんは、施設と区を相手取り訴訟を起こしました。
延命措置のおかげで、一命は取り留めたものの
退院を要求され、今は、自宅介護です。
お母さんは、悔しさのあまり意地でも許さない構えです。
その子に食事をさせた職員さんは、もう怖くて食事介助につけません。
まだ20代
介護職に熱意を持って、施設に入所してきた人です。
入所して、日も浅い頃の出来事だったようです。
この子のお母さんも、今のこの状況をニュースを見聞きして
たぶん・・・
『絶対反対!ふざけんな!』と怒鳴っているのかもしれません。
さっきまで生きていた子が・・・次の瞬間、脳死
子供でも、大人でも、老人でも・・・起こりうる事で
人事ではありません。
だけど、今現在、ご両親も子供も元気にしている家庭で『脳死』の事を身近に、本気で考える事など出来るでしょうか?
少なくとも、今回の法案が決定すれば
各家庭、明日は我が身として?
「うちの子が脳死になった時はどうしよう?」などと考え始めるかもしれません。
それが初めの・・・一歩
『もし、私の子が脳死になったら、ベッドで植物人間として生きるぐらいなら、誰かの体を借りて、1年でも2年でも生きてもらえたら・・・美しいものを見・学校生活を送ってもらえたら・・・子のこの命も無駄にはならないのかも?』
頑なに拒絶していた親御さんも、そんな風に思えたとしたら?
多分それが・・・二歩目?
ドナーとして成立したとしたら?
それが・・・三歩目?
新しい命を貰った子が、元気に生きてくれたら
二つの命が救われた事になります・・・
多分・・・それが・・・四歩目?
いろんな事を受け入れるには、長い時間が掛かるかもしれませんが
『日本国内で移植を行う』
初めの一歩がなければ、考える一歩もないという事です。
多額な資金を募金でまかない、アメリカへ行けばいいさ
そう思っている限り、誰も本気で『もし自分の子が・・・』とは考えないのではないでしょうか?
世の中、色んな考えを持っている人がいる訳で
『この子の命を使って欲しい』と思っている親御さんもいるはずなのです?
そういう方が居るにもかかわらず・・・
手術が出来ない・・・みすみす二つの命を見殺しにしてしまう
もしかしたら・・・二つの命が救われるのに
私は、それが残念だと思うだけなのです。
こうしてメールに書くと、偉そうな事を書いていると自分でも思いますが
気を悪くされる方も居ると思いますが・・・
色んな意見を出し合う事・・・
そんな事も必要なのではと思います。
国会で、ハンカチ片手に法案の行方を見守っているご家族の姿
こんな事をしている暇に、また一つ、助かる命が失われるのかもしれません?
