先日また実家(と言っても僕はそこには住んだ事ないの
で、正しくは現在の母たちの住まい)に行き、母から
預かってきた。
うちの父の遺した模型を。
何度か過去に書いてるが、死んだ親父は東大だったにも
関わらず、得体の知れない模型職人として天寿を全うして
いる。
まぁ逆の意味で、学歴社会を真っ向から否定しているような
生き方であったが、生前どんな模型を作っていたのか、
と言うと主に『HOゲージ』と呼ばれる電車の模型であった。

まぁこれが父の仕事だった。
単純に親父が死んで28年。闘病した晩年の1年にこれが
作られたとは考えにくいから、約30年前に作ったモノなの
だろう。その当時はゴールドとはまた違った真鍮独特の
黄金色に輝いていて、もちろんモーターも内蔵している。
だが経年劣化と保管状況が災いし、汚れが目立ってきた
上に、更に左面は何らかの衝撃でひしゃげてしまっている…
僕が保管しておけば良かった…
残念ながら僕はオタクになる程電車好きなDNAは持ってない
ので、この機関車が『C-××』か『D-××』かは解らないが、
こんなモノを作って父は僕達を食べさせていた。
幼い頃僕はネクタイを締めた父の姿を見た事がなく、住まい
の一部を改造した工作室で毎日金属を加工して模型を作って
いたため、それが仕事だとは思っていなかったのだ!!
そして人はいずれ、金のため生きてくために『仕事』をする
義務があると言う現実を、周りのみんなが「就職、就職」と
言い出す22歳まで僕は知らずに育ったwww
だが今振り返ってみると、よくこんな電車のオモチャを作って
るだけの仕事で、僕達家族を飢えさせなかった…いや、それ
ばかりか、実はうちは一戸建てを2件所有していた。そんな
儲かるモノなのだろうか?鉄道模型って??
ただこの機関車に関してはどこまで作ってるのか解らないが
(おそらく細々したパーツは他のメーカーや製作者の作った
もの?)、実はこれは父の形見としてはそれ程重要でもない。

実はこっち(画像2)が墓に一緒に埋葬しようとした程、父が
誇っていた模型(趣味で作った)で、なんとゲージ幅4mmと
言う超ミニ機関車の模型!!!
解ると思うが機関車のシャーシの上に乗っているのは市販の
綿棒ね!!
(※ゲージ…鉄道模型の縮尺を表す時用いる線路の幅。
ちなみに最も鉄道模型で出回ってるNゲージは9mm幅。
くどいようだが、僕の知識は聞きかじりなので、鉄チャンの
人、あまりツッ込まないで下さいねw)
これ自体、僕が生まれた頃にはあったから少なくとも40年、
いや、下手したら半世紀くらい前の制作かも知れません!!
で、僕が子供の頃、
「広く出回ってるスケールの中では、これは世界最小!」
とドヤ顔で言ってた。(現在は知らない)
これは完全にフルスクラッチで、すべてのパーツは父が
金属から削り出したモノ。残念ながら上に乗っかるボディを
作る前に死んだが、その当時「最高100万までなら出すから
売ってくれ!!」と言ってきた鉄チャンがいたが断ったらしい…
確かに細かくて凄いとは思うが…う~んんん、理解のない
息子ですまんwww
ただこれは上記の理由から母の許でもかなり厳重に保管
されていたため、ダメージも錆等の経年劣化にとどまり、
父が存命の頃は、後ろを軽く押すと車輪と、その動きに
合わせて車輪を連動させているバーなどが本物と同じように
回った。
だがこれを撮影した時は可動部が腐ったのか、もう
動かなかったし、怖くてあまり強く押せなかった…
まぁいつかはボロボロになってしまうんだろう。
そんな僕もあと5年で、父が死んだ時と同じ歳になる。
自分は死ぬ時に何を残せるんだろう?
関連日記
http://ameblo.jp/precoed/entry-11228437227.html
で、正しくは現在の母たちの住まい)に行き、母から
預かってきた。
うちの父の遺した模型を。
何度か過去に書いてるが、死んだ親父は東大だったにも
関わらず、得体の知れない模型職人として天寿を全うして
いる。
まぁ逆の意味で、学歴社会を真っ向から否定しているような
生き方であったが、生前どんな模型を作っていたのか、
と言うと主に『HOゲージ』と呼ばれる電車の模型であった。

まぁこれが父の仕事だった。
単純に親父が死んで28年。闘病した晩年の1年にこれが
作られたとは考えにくいから、約30年前に作ったモノなの
だろう。その当時はゴールドとはまた違った真鍮独特の
黄金色に輝いていて、もちろんモーターも内蔵している。
だが経年劣化と保管状況が災いし、汚れが目立ってきた
上に、更に左面は何らかの衝撃でひしゃげてしまっている…
僕が保管しておけば良かった…
残念ながら僕はオタクになる程電車好きなDNAは持ってない
ので、この機関車が『C-××』か『D-××』かは解らないが、
こんなモノを作って父は僕達を食べさせていた。
幼い頃僕はネクタイを締めた父の姿を見た事がなく、住まい
の一部を改造した工作室で毎日金属を加工して模型を作って
いたため、それが仕事だとは思っていなかったのだ!!
そして人はいずれ、金のため生きてくために『仕事』をする
義務があると言う現実を、周りのみんなが「就職、就職」と
言い出す22歳まで僕は知らずに育ったwww
だが今振り返ってみると、よくこんな電車のオモチャを作って
るだけの仕事で、僕達家族を飢えさせなかった…いや、それ
ばかりか、実はうちは一戸建てを2件所有していた。そんな
儲かるモノなのだろうか?鉄道模型って??
ただこの機関車に関してはどこまで作ってるのか解らないが
(おそらく細々したパーツは他のメーカーや製作者の作った
もの?)、実はこれは父の形見としてはそれ程重要でもない。

実はこっち(画像2)が墓に一緒に埋葬しようとした程、父が
誇っていた模型(趣味で作った)で、なんとゲージ幅4mmと
言う超ミニ機関車の模型!!!
解ると思うが機関車のシャーシの上に乗っているのは市販の
綿棒ね!!
(※ゲージ…鉄道模型の縮尺を表す時用いる線路の幅。
ちなみに最も鉄道模型で出回ってるNゲージは9mm幅。
くどいようだが、僕の知識は聞きかじりなので、鉄チャンの
人、あまりツッ込まないで下さいねw)
これ自体、僕が生まれた頃にはあったから少なくとも40年、
いや、下手したら半世紀くらい前の制作かも知れません!!
で、僕が子供の頃、
「広く出回ってるスケールの中では、これは世界最小!」
とドヤ顔で言ってた。(現在は知らない)
これは完全にフルスクラッチで、すべてのパーツは父が
金属から削り出したモノ。残念ながら上に乗っかるボディを
作る前に死んだが、その当時「最高100万までなら出すから
売ってくれ!!」と言ってきた鉄チャンがいたが断ったらしい…
確かに細かくて凄いとは思うが…う~んんん、理解のない
息子ですまんwww
ただこれは上記の理由から母の許でもかなり厳重に保管
されていたため、ダメージも錆等の経年劣化にとどまり、
父が存命の頃は、後ろを軽く押すと車輪と、その動きに
合わせて車輪を連動させているバーなどが本物と同じように
回った。
だがこれを撮影した時は可動部が腐ったのか、もう
動かなかったし、怖くてあまり強く押せなかった…
まぁいつかはボロボロになってしまうんだろう。
そんな僕もあと5年で、父が死んだ時と同じ歳になる。
自分は死ぬ時に何を残せるんだろう?
関連日記
http://ameblo.jp/precoed/entry-11228437227.html