小山市事件の被害者父覚醒剤容疑
小山兄弟殺害事件の父親、覚せい剤使用で逮捕 (読売新聞)
やっぱりね……というのが、最初の感想。
どう考えたって、あの父親はおかしかった。
一度、児童相談所に保護され、祖母のところにいたりしたのに、子供たちを連れ帰った時点でおかしいよ。虐待されてたことに気づいてないわけがない。もしかしたら父親もやってたんじゃないのか? などとも思ってしまう。
私は最初から、手は下していないけど、殺したのは父親と思っていた。
葬儀のとき、堂々とインタビューに応じ、被害者の父ぶって出ているのを見て驚いた。
罪の意識を感じてないよ、こいつ……と思った。
先週、女性自身で特集していたけど、殺した下山明宏容疑者はめちゃくちゃ気の弱い男だったらしい。下山容疑者を追い詰めたのは、小林容疑者じゃないだろうか?
実は、母親はどうしてたんだ? なぜ、離婚のとき、兄弟を引き取らなかったんだ? とも思っていたけれど、いちばん上に病気の子がいて、とても3人は引き取れない状況だったようだ。
いちばん後悔しているは、お母さんだろうね。
そういう離婚母を救う手だてはないものだろうか?
離婚前はDVにもあっていたんじゃないだろうか?
実は昨日、虐待についての記事を書いた。
虐待は連鎖する。本人が自覚せず、自分自身から目をそらしている限りは虐待をしていることに気づかない。
愛と暴力が混同されている。でも、本人もその状況で育っているので、間違いに気づかない、もしくはその事実から目をめそむけたりするようだ。
もしかしたら、小林容疑者はそのことで苦しんでいるんだろうか? で、覚醒剤?
自分自身に目をそむけたままでは、自分の子供が殺されても怒りや悲しみもマヒしているかもしれない。
そんな環境に生まれてきてしまった子供たちが、あまりにもかわいそうだ。
来年で戦後60年。
しかし、現在、頻発する虐待の根源は太平洋戦争にあったんじゃないか、という気がした。戦争という異常事態のなか、しかもボロボロになるまで負けましたと言えなかった日本では、十分な子育てなどできなかっただろう。
日本人のプライドも何も、グーの根も出ないほど叩かれてしまい、社会の常識もくつがえり、憔悴し混乱した大人たちが子育てをする。
もちろんそんななかでも、立派に育てた人のほうが多いだろう。
でも、普通の状況よりももっと多くの幼児虐待が発生していた可能性は高いと思う。
過酷な社会状況下、どうしようもない不安やストレスは自分より弱い、かつ身近にいる子供に向けられやすかったはずだ。
わたしより少し年上の人たちは、叩かれるなんて当たり前とよく言っていた。
みんながみんな、そうだったということだよね。
そこにフォローする人がいれば、たたきながらフォローできる愛をもっていれば、それはたぶん虐待にはならない。
でも、わけもわからず叩いてた人だっていたんじゃないだろうか?
叩くのと同様に、過干渉、過保護というのもある。
逆の出方だけれど、これも問題。
愛情とは何かがわからないから、過剰になってしまう。
愛なんて頭で考えるものじゃない。
自然にいとしいな、かわいいなと、体のなかから出てくるものだ。
出てこない人は、何かがおかしい。
何が原因なのか、自分自身をじっくり見つめてみるといい。
一回りぐらい上の人によくいわれたよ。
愛と憎しみは表裏一体だ、と。
わたしはそれがいまだにわからない。
愛は愛。憎しみは憎しみ。
愛憎なんてまとめてよく書かているけど、その感覚がわからない。
ただ、言うだけならいいんだけど押しつけてこられると迷惑なのだ。
愛憎がわからないなんて、まだまだ恋愛経験が足りないね、と。
だいたいそういうふうに言うんだよね、オトナはさ。
まぁ、私も十分過ぎるぐらいオトナだが(^-^;
そんなふうに押しつけられると反発してしまう。
愛憎なんて言う人は、虐待受けてたんじゃないの?
家庭環境に問題あったんじゃないの?
愛されて育っていないんじゃないの? とか思ってしまう。
もちろん愛されなかったからって、それを否定するわけじゃない。
それは本人の責任じゃない。
愛を求めて一生懸命努力する姿は美しいと思う。
実際、虐待から立ち上がるためには、愛を憎しみに変えて虐待した人を否定するところから始めないと、自分が生き返らないのだそうだ。
そのために、虐待した人を憎むっていうなら話はわかる。
それが親だと、愛憎なんだろうなって感覚はわかる。
ただ、私には愛憎はない。それは幸せなことだとも思う。
わたしは過保護に育ってしまった。
だから、簡単に愛なんていらない、うざったいなどと言ってしまう。
それはきっと、過剰な愛をいっぱい受けたせいだ。
これはこれで大変な時期もある。
愛にがんじがらめになって動けないということもある。
ある意味、受けたのが間違った愛だったということもあるかもしれない。
親は、虐待はうけていないけど、愛不足だったみたいだからな。
戦争中に育っているから、無理もないのかもしれないけど。
でも、それが私たちの世代まで影響している。
それに比べれば、いまの若い子たちのほうが、もっとずっとマトモな気がする。
もちろん問題を抱えた子もいるけれど、それは私たち、気づかずに戦争の影響をまだ受けているらしい世代が、考えなくちゃいけないことだ。
戦争の影響をどこかで引きずっている私たち世代が、自分自身をしっかり見つめて間違いに気づかないと、こどもたちを知らず知らずにスポイルしてしまうのだろう。
一度の戦争がこんなふうに代々、悪い影響を人間に与えていく。
戦争ばっかり続けている人間は、だから、ちっとも進化しないんだとも思う。
昨日の原稿を書いていても思ったけれど、戦争に向かう昭和初期から、虐待を産みやすい環境になっていたようだ。
そして今、虐待事件が増えている。
これは、日本が戦争に向かっている証拠なんじゃないだろうか?
昭和までは、どちらかというとインテリは左翼というイメージだった。
でも、今はみんなけっこう右翼だよね。
編集者でも、昔は左翼をきどっていたけど、最近の人はみんな
「俺は政治的には右翼」なんて、堂々という。
右翼が悪いとは思わない。
敗戦で忘れてしまった日本人の大切な部分を大事にすることはいいことだと思っている。
だけど、それって、知らず知らずのうちに人心が戦争に向かわされているってことなのかも……と思って、恐ろしくなった。
戦争だけは絶対反対。
だったら、アメリカに守ってもらうのかって?
いつまでも属国なのか? って?
ときどきは頭にくるよ。
株なんかやってると、ホント、頭にくる。
なんで、いつもアメリカ主導なのさと思ってしまう。
でもね、戦争するよりは、そっちのほうが絶対にいい。
守ってもらえる日本、守らなきゃヤバイなと思わせる日本になればいいじゃないか。
だってね、もし、憲法改正して日本も戦争ができるようになると、自衛隊だけじゃ足りなくて徴兵制が始まるよ。
かわいい甥を戦争になんて行かせたくない、絶対に。
個人主義だろうと、自分勝手だろうと、いい。
戦争だけは絶対に反対なのだ。
そういう世の中にもっていっちゃいけない。
実は私自身も少しずつ変わっているのだ。
90年代初頭に、湾岸戦争で自衛隊が行ったじゃない?
あのときは、ものすご~い恐怖心だったのだ。
ヤバイんじゃないの? 日本は。マズイんじゃないの? って。
ところが、今回、イラク派兵では小泉はダメ、ブッシュの犬とか思っても、前回ほど危機感が湧かなかった。
ある意味しょーがないのかな。世界で仲間外れになっちゃうよりはいいのかな。
そんな気分もけっこうあって、自分が知らないうちに世間の風潮に流され変わっているって思ったのだ。よくないよーと思いながらも、心臓の奥がキュンとするような恐怖は湧いてこなかった。どこかがマヒしたのか? と思ったほど。
だから、ここに書いておく。
自分自身に知らしめるために。
戦争反対、絶対に反対。
あー、今日は過激だなぁ。
いやホント、ショックだったの。
やばいんじゃないの? と思ったの。
この虐待の多い現状。
親は私たち世代なんだよね。
私たちってヤバくない? と思うのだ。
でも、同時にアテネ五輪の選手たちを育てたコーチも私たち世代なわけで。
両極端がいるってことなんだろうけれども。
間違いはちゃんと見つめて正しておかないと、
こどもたち世代に迷惑かけるなって思ったんだ。
長くてゴメンね。お疲れさま。
せっかくだから、ついでにここもポチッとしてく?( ̄ー ̄)
やっぱりね……というのが、最初の感想。
どう考えたって、あの父親はおかしかった。
一度、児童相談所に保護され、祖母のところにいたりしたのに、子供たちを連れ帰った時点でおかしいよ。虐待されてたことに気づいてないわけがない。もしかしたら父親もやってたんじゃないのか? などとも思ってしまう。
私は最初から、手は下していないけど、殺したのは父親と思っていた。
葬儀のとき、堂々とインタビューに応じ、被害者の父ぶって出ているのを見て驚いた。
罪の意識を感じてないよ、こいつ……と思った。
先週、女性自身で特集していたけど、殺した下山明宏容疑者はめちゃくちゃ気の弱い男だったらしい。下山容疑者を追い詰めたのは、小林容疑者じゃないだろうか?
実は、母親はどうしてたんだ? なぜ、離婚のとき、兄弟を引き取らなかったんだ? とも思っていたけれど、いちばん上に病気の子がいて、とても3人は引き取れない状況だったようだ。
いちばん後悔しているは、お母さんだろうね。
そういう離婚母を救う手だてはないものだろうか?
離婚前はDVにもあっていたんじゃないだろうか?
実は昨日、虐待についての記事を書いた。
虐待は連鎖する。本人が自覚せず、自分自身から目をそらしている限りは虐待をしていることに気づかない。
愛と暴力が混同されている。でも、本人もその状況で育っているので、間違いに気づかない、もしくはその事実から目をめそむけたりするようだ。
もしかしたら、小林容疑者はそのことで苦しんでいるんだろうか? で、覚醒剤?
自分自身に目をそむけたままでは、自分の子供が殺されても怒りや悲しみもマヒしているかもしれない。
そんな環境に生まれてきてしまった子供たちが、あまりにもかわいそうだ。
来年で戦後60年。
しかし、現在、頻発する虐待の根源は太平洋戦争にあったんじゃないか、という気がした。戦争という異常事態のなか、しかもボロボロになるまで負けましたと言えなかった日本では、十分な子育てなどできなかっただろう。
日本人のプライドも何も、グーの根も出ないほど叩かれてしまい、社会の常識もくつがえり、憔悴し混乱した大人たちが子育てをする。
もちろんそんななかでも、立派に育てた人のほうが多いだろう。
でも、普通の状況よりももっと多くの幼児虐待が発生していた可能性は高いと思う。
過酷な社会状況下、どうしようもない不安やストレスは自分より弱い、かつ身近にいる子供に向けられやすかったはずだ。
わたしより少し年上の人たちは、叩かれるなんて当たり前とよく言っていた。
みんながみんな、そうだったということだよね。
そこにフォローする人がいれば、たたきながらフォローできる愛をもっていれば、それはたぶん虐待にはならない。
でも、わけもわからず叩いてた人だっていたんじゃないだろうか?
叩くのと同様に、過干渉、過保護というのもある。
逆の出方だけれど、これも問題。
愛情とは何かがわからないから、過剰になってしまう。
愛なんて頭で考えるものじゃない。
自然にいとしいな、かわいいなと、体のなかから出てくるものだ。
出てこない人は、何かがおかしい。
何が原因なのか、自分自身をじっくり見つめてみるといい。
一回りぐらい上の人によくいわれたよ。
愛と憎しみは表裏一体だ、と。
わたしはそれがいまだにわからない。
愛は愛。憎しみは憎しみ。
愛憎なんてまとめてよく書かているけど、その感覚がわからない。
ただ、言うだけならいいんだけど押しつけてこられると迷惑なのだ。
愛憎がわからないなんて、まだまだ恋愛経験が足りないね、と。
だいたいそういうふうに言うんだよね、オトナはさ。
まぁ、私も十分過ぎるぐらいオトナだが(^-^;
そんなふうに押しつけられると反発してしまう。
愛憎なんて言う人は、虐待受けてたんじゃないの?
家庭環境に問題あったんじゃないの?
愛されて育っていないんじゃないの? とか思ってしまう。
もちろん愛されなかったからって、それを否定するわけじゃない。
それは本人の責任じゃない。
愛を求めて一生懸命努力する姿は美しいと思う。
実際、虐待から立ち上がるためには、愛を憎しみに変えて虐待した人を否定するところから始めないと、自分が生き返らないのだそうだ。
そのために、虐待した人を憎むっていうなら話はわかる。
それが親だと、愛憎なんだろうなって感覚はわかる。
ただ、私には愛憎はない。それは幸せなことだとも思う。
わたしは過保護に育ってしまった。
だから、簡単に愛なんていらない、うざったいなどと言ってしまう。
それはきっと、過剰な愛をいっぱい受けたせいだ。
これはこれで大変な時期もある。
愛にがんじがらめになって動けないということもある。
ある意味、受けたのが間違った愛だったということもあるかもしれない。
親は、虐待はうけていないけど、愛不足だったみたいだからな。
戦争中に育っているから、無理もないのかもしれないけど。
でも、それが私たちの世代まで影響している。
それに比べれば、いまの若い子たちのほうが、もっとずっとマトモな気がする。
もちろん問題を抱えた子もいるけれど、それは私たち、気づかずに戦争の影響をまだ受けているらしい世代が、考えなくちゃいけないことだ。
戦争の影響をどこかで引きずっている私たち世代が、自分自身をしっかり見つめて間違いに気づかないと、こどもたちを知らず知らずにスポイルしてしまうのだろう。
一度の戦争がこんなふうに代々、悪い影響を人間に与えていく。
戦争ばっかり続けている人間は、だから、ちっとも進化しないんだとも思う。
昨日の原稿を書いていても思ったけれど、戦争に向かう昭和初期から、虐待を産みやすい環境になっていたようだ。
そして今、虐待事件が増えている。
これは、日本が戦争に向かっている証拠なんじゃないだろうか?
昭和までは、どちらかというとインテリは左翼というイメージだった。
でも、今はみんなけっこう右翼だよね。
編集者でも、昔は左翼をきどっていたけど、最近の人はみんな
「俺は政治的には右翼」なんて、堂々という。
右翼が悪いとは思わない。
敗戦で忘れてしまった日本人の大切な部分を大事にすることはいいことだと思っている。
だけど、それって、知らず知らずのうちに人心が戦争に向かわされているってことなのかも……と思って、恐ろしくなった。
戦争だけは絶対反対。
だったら、アメリカに守ってもらうのかって?
いつまでも属国なのか? って?
ときどきは頭にくるよ。
株なんかやってると、ホント、頭にくる。
なんで、いつもアメリカ主導なのさと思ってしまう。
でもね、戦争するよりは、そっちのほうが絶対にいい。
守ってもらえる日本、守らなきゃヤバイなと思わせる日本になればいいじゃないか。
だってね、もし、憲法改正して日本も戦争ができるようになると、自衛隊だけじゃ足りなくて徴兵制が始まるよ。
かわいい甥を戦争になんて行かせたくない、絶対に。
個人主義だろうと、自分勝手だろうと、いい。
戦争だけは絶対に反対なのだ。
そういう世の中にもっていっちゃいけない。
実は私自身も少しずつ変わっているのだ。
90年代初頭に、湾岸戦争で自衛隊が行ったじゃない?
あのときは、ものすご~い恐怖心だったのだ。
ヤバイんじゃないの? 日本は。マズイんじゃないの? って。
ところが、今回、イラク派兵では小泉はダメ、ブッシュの犬とか思っても、前回ほど危機感が湧かなかった。
ある意味しょーがないのかな。世界で仲間外れになっちゃうよりはいいのかな。
そんな気分もけっこうあって、自分が知らないうちに世間の風潮に流され変わっているって思ったのだ。よくないよーと思いながらも、心臓の奥がキュンとするような恐怖は湧いてこなかった。どこかがマヒしたのか? と思ったほど。
だから、ここに書いておく。
自分自身に知らしめるために。
戦争反対、絶対に反対。
あー、今日は過激だなぁ。
いやホント、ショックだったの。
やばいんじゃないの? と思ったの。
この虐待の多い現状。
親は私たち世代なんだよね。
私たちってヤバくない? と思うのだ。
でも、同時にアテネ五輪の選手たちを育てたコーチも私たち世代なわけで。
両極端がいるってことなんだろうけれども。
間違いはちゃんと見つめて正しておかないと、
こどもたち世代に迷惑かけるなって思ったんだ。
長くてゴメンね。お疲れさま。
せっかくだから、ついでにここもポチッとしてく?( ̄ー ̄)