スコ猫くまきち日和+ -2141ページ目

わたしは平和的解決を本気で望みます。

honmaさんの『それほんま?』 を読んだのは今日が初めて。
「疑り深い性分を発揮して、情報や常識をズバッと斬ってみる」
という言葉どおり、どれもこも潔くズバッと斬っていて、読んでいて心地いい。
あっちに迷い、こっちに戸惑いがちなわたしが見習うべき書き手に
また出会っちゃったなとうれしくなった。

すべてを読切ったわけではないけれど(読むの遅いんです・ごめんね)
納得できるものが多かった。
ただ、『拉致被害者問題』に関してだけはひっかかった。
最後にhonmaさんからこんな問いかけがある。

平和的解決だけを、本当に望みますか?

honmaさんは、日本の弱腰外交を嘆いてる。
拉致事件に関しては本当にその通り。
拉致被害者、被害者家族の方の心痛を思えば、
「しっかりしなよ、日本」
と、わたしだって叫びたい。

ただ、最後の問いへの答えは「はい」だ。
わたしは本当に心から、平和的解決を望みます。
何がなんで戦争放棄派。
時間がかかっても、平和的解決のための努力を最後の最後までするべきだし
武力行使は絶対に反対。

もちろん小泉首相の弱腰外交、アメリカへの腰巾着ぶりにはアタマきている。
むやみに北朝鮮へ援助するのは辞めるべきだ。
拉致問題に対して政府はもっと誠実に、努力することができるはずだと思う。
それでも、平和は維持する方向で粘り強く交渉してほしい。
だけどね、それが、もしかしたら平和的解決の手段だったとしたら、
見直すんだけどな。
とりあえずポチのふりをしている……のならばね。
でも、のちのちの憲法改正をにらんでいるなら、ダメだ小泉、なんだけど。
その真意が、わからない。
平和維持のためなら、時に(いつもじゃなく)折れることも必要かもしれない。
でも、それはその先にある平和的解決のための手段でなければならない。

ジリジリする気持ちはあるし、
20年も30年も待つ拉致被害者家族の気持ちを考えたら、怒りだって湧く。
それでも、そのイライラする気持ち、怒りから安易に
平和的解決は無理、日本も武力行使できるように憲法改正するべきだ
という流れが出てきている昨今の風潮には、恐怖を抱いている。
今年は異常気象で各地に災害が多かった。
信じられないような凶悪事件も頻発している。
弱みにつけこんだオレオレ詐欺が横行し、
子供を巻き込んだ事件、子供が加害者になってしまった事件、
もう目を覆い、耳を塞ぎたくなる1年だった。
時代に呼応するかのように、人生に絶望して集団自殺する若者たちいた。
これは日本だけじゃない。世界的な現象だ。
イラクで戦争があり、各地でテロがおき、
人心が泡立ち不安におののく時代の到来なのかと、
言い知れぬ不安を感じるときもある。
世界はまた世界戦争に向かうのかと、本気で危惧した時もある。

だけど、ここで間違っちゃいけない。
恐怖と不安と混乱は、重大な決断ミスを人間に犯させる元凶だ。
こんな世の中だからこそ、わたしは声を大にして平和を叫びたい。

日本は今後未来永劫、戦争放棄。
平和的解決のために最後まで努力する国として、世界のお手本になるべきだ。
そのために皆で頑張って働き、経済をもっと強くして、武力に対抗してほしい。
日本人はその能力が高いんだから。
なんでも金で解決すると、嘲るやつは嘲れらせておけばいい。
お金で解決できるなら、それで血を流さずにすむのなら、
それがいちばんだ。

honmaさんは『人を殺すということ』という記事も書いている。

「殺人という手段しか選ぶことのできない人間の
悲しみとか苦悩とかやりきれなさとか、そういったものにも
同情せずにはいられません」


と、結ばれている。
これはわたしも大賛成。そして、加害者に対するのと同じだけ、
被害者や被害者家族の苦悩、やりきれなさにも同情をよせたい。

存在を否定された人たちが、存在証明のために殺人を犯す。
殺すまでいかなくても、暴力でしか自分を表現できない人は、意外に多い。
これまで押さえられてきたその欲求が、
社会不安とともに吹き出してきているような気もする。
存在を否定された人というのは、生まれて最初のよりどころになるはずの
親から見捨てられたり、虐待された人たちだ。
親の虐待は古来からあったとは思うけれど、
わたしには戦争のたびに、虐待は増えているんじゃないかという思いがある。
「国」のために命を投げ出すことを強制されている環境で、
美学や使命感だけでは自分を律することなんてできない。
教育で洗脳していたとしても、最後の最後、
自分の命が危険にさらされたら洗脳からだって覚めるだろう。
その強烈な社会からのストレスは、いったい何処に向かったのか?
それを考えると、昨今の残虐な事件の頻発は第2次大戦の後遺症だとも思えてくる。
虐待は世代から世代へ連鎖する。
ひとつの大戦で傷ついた心が立ち直るまでには
何世代もの時が必要なんじゃないかと思っている。

だから、もう2度と戦争はしてほしくない。
何がなんでも戦争は反対。
人間の歴史は、悲しいことに戦争の歴史だ。
戦争も虐待と同じように連鎖していると、わたしは思う。
だから、もう、ここで辞めようよ。
戦争の連鎖は、ここで断ち切ろうよ。
そのために日本は、日本人は頑張ろうよ。
今いっときの不安やイライラは堪えようよ。

国家を歌わせ、国旗を掲揚して愛国心を子供の頃から植えつけろ
なんていう政治家や評論家がいるけど、大嫌いだ。
あんたは、自分の孫や曾孫を戦争へ行かせたいのか? と言ってやりたい。
強い言葉で、怖じ気づいている自分の気持ちを奮い立たせているだけだ。
怖じ気づいているのは、戦争を少しでも体験しているからだと思う。
彼らの根っこの部分に恐怖が見える。
戦争は怖い。貧困と恐怖に支配される。あんな経験は2度としたくない。
だから、先に打って出よう。先手必勝だ。
これでは太平洋戦争前の軍部と一緒じゃないの?

戦争は連鎖する。
戦争の恐怖が、次の戦争を生む。
やっぱりわたしはそう思う。

表面はこわもてで声は大きくても、芯に恐怖を抱えている大人の
流言蜚語に惑わされちゃいけない。
平和を謳歌してきたわたしたち世代は、この平和を次の世代にも、
その次の世代にも継承していく義務がある。

いつもは弱腰、優柔不断、なんでもいいんじゃない? のわたしなんだけどね。
この一点だけは譲れないの。
なぜだか自分でもわからないけど。
心の底が震えるんだよね、怒りで。
初めて原爆ドームを見たとき、いきなり涙があふれて止まらなかった。
人間の醜悪な本質をまざまざと見せつけられたような気がして、
泣けて泣けて仕方なかった。

2度と戦争を繰り返さないために。
あくまでも平和的解決を望みます。