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わたしがマンションを買った理由⑥

いわゆるわたしの"負け犬"時代
                                  →前回まで
一年後、やはり二部屋は無駄だなと同じ世田谷区で二LDKを借りました。
五十平米ちょっとでしたから、大きな家具を入れるといっぱいでしたが、ダイニングテーブルが、ちゃんとダイニングとして役立つようになりました。
西向きの部屋でしたが、西側がタクシー会社の広い駐車場で見通しがきき、冬になると、窓のかなたに富士山がクッキリと見えましす。茜色に染まる夕焼けの富士山を見ながら、リビングで寛ぐ気分はなかなかのものでした。
もう家具はいいやと思いました。必要なものは揃った気がしました。だいたい、もう入るスペースがありません。
しばらく落ち着いて、何年か暮らそうと思っていました。
ところが、住み始めると気になることが出てきました。
そのマンションは、シングル向けの部屋もありましたが、ほとんどがファミリータイプの部屋ばかりという中規模のマンションでした。
おかしな感覚だなと思うのですが、周りは家族で暮らしている人ばかりだと思うと、なんとなく独身でいることが形見が狭いような気分になってきます。隣近所との付き合いがあるわけでもありません。普段は、独身でいることを卑下する気持ちもなく、自然にこうなったと思っているだけなのですが、周り中が家族で暮らしているという気配のなかにいると、どうも居心地が悪いんです。
結婚していないこと=一人前ではないというような強迫観念が、普段は否定しているつもりでも、私のなかにもあるのでしょうか。きちんと生活していない人というような、根無し草のような感覚が自分では好きでもあるんですが、それを他人から言われたら、やはり嫌です。
その胸のうちを覗きこむと、底のほうに大きな意地がとぐろを巻いているのが見えるような気がしました。
「結婚、結婚」と、さんざん周りからプレッシャーをかけられてきて、まだ、そんな気持ちになっていないのに冗談じゃないと、周囲の意見をはねのけるために培ってきた意地でした。
結婚してなくてもちゃんと生活できるし、楽しく過ごせる。結婚して、家族に振り回されるよりも心豊かに自由な時間を楽しめてるんだということを、周囲に知らしめたかったのかもしれません。
周囲もそうでしたが、何より親にわかってほしかったのかなと、今は思います。
だから、立派な家具を買い、家財を揃えて一人前をひけらかした。
負けたくなかったんですね。結婚しなさいというプレッシャーに。
なぜ、そんなに意地になっていたのかは今となってはハッキリしませんが。
当時のわたしは、それが正しいことだと信じていました。
バラエティなどで、男性タレントが気楽な口調で、
「やっぱさぁ、20代はいいけど、30代になって一人で仕事を頑張ってる女性を見るとかわいそうだよね」
などと、言ってるのを聞いて、カチーンッ!! ときたものです。
「かわいそう? わたしは世間から、かわいそうって言われちゃうわけ?」
と、愕然としたものでした。
「わたしはかわいそうなんかじゃないっ。絶対に負けるもんか!」
自然にわたしの肩には力が入っていたんでしょう。ファミリータイプのマンションで幸せそうに過ごしているように見える家族の人たちが押しつけがましく見えたものです。

と、同時にもうひとつ、そのころから実は、いいようのない不安が私にまとわりつき始めていました。
どこにも着地していない自分自身を、しだいに持て余してしまうようになっていました。
仕事をし、買い物をし、楽しんでいられる時代がずっと続くと思っていたのですが、どうやらそうでもないらしいのです。もう、買うものがなくなったと思った瞬間、仕事に対しても熱意が薄くなった気がして、だんだん、何もかもが惰性のような気分にもなったのでした。
それまでは、辛い仕事でもやり遂げた後は充実感がありました。
大きな仕事が初めてできた喜びもありました。
その喜びも、初めての時は嬉しくても、二度目、三度目には当たり前になってしまいます。
もっと大きな喜びを見つけるために頑張らなくてはとお尻を叩いてみるのですが、口先だけで身体が動かなくなっていました。
これじゃ、ダメだ。行き止まりだ。
私はかなり焦っていたと思います。

こんな時期の女性を指して、「負け犬」なんて言葉が流行りましたね。
一応、本は読みましたが、筆者の酒井さんは最初はわたしも抱いた「意地」を素直に表明するつもりだったようです。
負け犬だけど楽しいこともいっぱいあるんだよ。知らないでしょ、へへん、わたしは余裕で遠吠えしてみせちゃうもんね、みたいな気持ちが、冒頭にはありました。
ところが、あまりに「負け犬」を連発していたせいなのか、最後のほうは腰砕け感がありました。
自虐的に使っていた言葉が、途中から身に沁みてきちゃったんだろうなと思いました。

そういう年頃なんですよ、きっと。
30代半ばからって。

そのうち言葉だけがひとり歩きして、すっかり流行語になりました。
すでに、そんな時期をとっくに通り越していたわたしは
「ヒドイ言葉。あまりに無神経なんじゃない? 今の30代は気の毒に」
と、思っていました。
不安になりはじめ、方向転換しようかなという気持ちになりやすい時期に、世間から嘲られるようなもんです。不安な気持ちに追い打ちをかける言葉です。
まぁ、それで、「やっぱり結婚しよう」と決意できた人もいるかもしれません。
でも、わたしがもしその年代の時に「負け犬」なんて言葉をかけられたものなら、たぶん、いきりたってもっと依怙地になったでしょう。
「そうよ、ワタシは負け犬よ。悪い?」
と、開き直ったことでしょう。
実際は、そんな流行語もなかったのに、ひとりで依怙地になっていたわけですから、
わたしはほとほと意地っ張りな人間なのかもしれません。
                              文責 ぷれこ/BlogTopへ


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