今年も残りわずかとなりました
老老介護家族にとって
年金は減るわ 介護保険料始め 諸物価は上がるわ
明るい話題は少ない年でした
認知症関連の報道も多くありましたね
報道の中の 徘徊と弄便について 思ったこと
徘徊については 以前にも記事にしましたが
家族は 閉じ込めたくって閉じ込めているわけではありません
地域で支えるとか GPS利用とか 名札を付けるとか 意味を考える等
言われますが どれも 有効な手段となりません
まして 説明や説得で納得して 徘徊しないのならば
そもそも認知症ではありません
では 閉じ込めておくことが可能か?と言ったら
これも不可能な面があります (ある程度は可能)
一旦 出かけようとすると 鍵をこじ開け 扉を壊してでも 出ていこうとします
結局は 後ろからついて行って 自由に徘徊させて 見守る以外に
方法はありません
見守っていても 事故などは一瞬の出来事で 完全に防ぐことはできません
ではどうするか?
事故で亡くなる事や人に危害を加えること等々
凡ゆるリスクを視野に入れて 例え認知症が悪化しても
本人を含め家族を守る覚悟をすることです
介護の経験のない専門家や 介護の経験があっても経済的に余裕のある方などの
閉じ込め=虐待 といった短絡的な思考は 置いておいて
高齢者虐待防止法でも 命を守るための閉じ込めは虐待とはみなしていません
更に 閉じ込め=虐待につながる
これも ちょっと違うと思います
生命 生活維持 精神の安定 のための
必要最小限(人によって差はありますが)の 閉じ込めならば
決して 虐待ではないし 虐待につながることもありません
逆に 全く自由に徘徊させることによって
介護者が 精神的に不安定になったり 追い込まれたりすれば
虐待につながること可能性を含んでいます
弄便防止の為の処置でも同じことです
毎日毎日 弄便があって その後始末に追われていれば
介護者だって人です 精神的に追い込まれても不思議ではないでしょう
では どうするか?
繋ぎの服(今は市販されていないようです)や ピンで止めたりして
ウンチは出ているけれど 弄ったり 周辺に擦りつけたり
しないようにする対策は 決して虐待ではありません
認知症だから言って 家族もすべてを受け入れれるわけでもありません
家族は どこかで折り合いをつけて 自分が壊れないように 必死で自分と戦って
少しでも 穏やかに 普通に近い暮らしがしたいのです
認知症が 一般に理解され 受け入れられることは必要でしょうが
第三者が 認知症の人の行動によって 迷惑や被害を受ければ
第三者は 何一つ責を負う必要もありません
家族は 認知症だからといって 第三者に迷惑をかけたり
被害を及ぼさないよう 最善の努力をすべきです
それでも 被害を与えてしまったら
その損害は可能な限り保証しなければなりません
そのような大きな大きなリスクを背負うのが 認知症介護です
出来ないのではないのです やるしかないんです
専門家と言われる人々は 家族の本当の心情を少しでも理解することに努め
綺麗事を言わないで 本当に役立つ情報を発信し
相続や 養護義務などの法律整備など
幅広い視野で 認知症問題に取り組んで欲しいものです
最後まで読んで下さって有難うございます
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